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ひよりちゃんの部屋はすぐに分かった。その部屋だけ、“ひより”と書かれたドアプレートがかかっていたからだ。
廊下には既に、学校の教室にでもありそうな小さな机と椅子が用意されていた。僕は会社に出勤している間、一日中ここで過ごすということらしい。何かあった時は携帯で電話を入れ、トイレに立つ時は必ずひよりちゃんの許可を得ること。ひよりちゃんのご機嫌を損ねないようにし、ドアは絶対開けないこと。ルールはただ、それだけだった。
「明日からは毎日タイムカードを切ったら、直接四階に上がってきてくださっていいですから。トイレは四階にもありますよ」
美津子さんはそう言ってにっこりと笑った。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「は、はい」
それで、さっさと階段を降りていってしまう。俺は、その場にぽつーんと残された。てっきりひよりちゃんに、俺のことを紹介してもらえるかと思ったのに。
――お、女の子だよな?名前、ひよりちゃんだし。おしゃべりっていってもどうすれば……。
そう思って困っていた、その時だった。
「……そこにいるのは誰?」
ドアの向こうから、か細い声が聞こえてきたのである。案の定、女の子だった。それも、かなり小さな子だ。声から察するに、幼稚園から小学校低学年といったところだろうか。
「は、初めまして。俺、遠山健一って言います」
何度も言うようだけど、勿論仮名な。
「今日から、この会社でお世話になります。そ、その……川添美津子さんに言われて、ひよりさんとお喋りするように言われました!よ、よろしくお願いします!」
「ふうん、あなたがそうなの……」
美津子さんの紹介、というと少しだけ相手の声が柔らかくなったような気がした。
「俺、あんまお話するの得意じゃないので……良ければ、ひよりさんのお話をいろいろ聞かせてくれるとうれしいです!」
お喋り好きだというのなら、人の話を聞くよりも自分が話す方が楽しいはずだ。拙いなりに考えてそう言えば、相手は“わかったわ”と返してきた。声は小さな女の子なのに、喋り方は年輩の女の人のよう。アニメのキャラクターでも真似してるのかな、と思った。この時は。
「じゃあ、いろいろお話してあげる。じゃあまずは……とっても怖い病気のお話からね」
残念ながらその話す内容は、まったく可愛いものではなかったが。
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