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『今日はね、君のこえっていう本を読んでた』
「きみのこえ?」
尋ねてみれば、弟はこくりと頷いて、
『耳が聞こえない人と、その友だちがぼうけんに行く話。なんかね、しょう来の夢をさがすお話かな』
「なんか、難しそうだね」
『そんなことないよ。ぼくでも読めるから』
「マジかー。僕も今度読んでみようかな」
『読みおわったらかしてあげるね』
「ありがと」
興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、弟はニコニコとしながら文字を書いていた。
耳が聞こえない人との話、か。
弟は基本的に、何かハンデがある登場人物が出てくる物語を読む。それはきっと、どこかで自分と重ねているのだろうと、幼い僕でも理解できていた。
僕は別に、弟のそれがハンデだとは思わない。というのも、僕にとっては当たり前のことで、声が出ないから不思議に思うことも、変に腫れ物に触るような扱いもしない。
あくまで僕の意識の話で、実際そう出来ているかは分からないし、弟のことが心配でつい気にかけてしまうのは確かだけど。
「将来の夢を探すって話だけど、ヒロトは何かなりたいものがあるの?」
ふと問いかければ、ヒロトは不思議そうに目を瞬かせた。しばらく考えこむようにして眉間に皺を寄せた後、文字を書き始めた。
『ないかなぁ。あんまり思いうかばない』
「そうなんだ。スポーツ選手とか、パイロットとか、そういうのは?」
『かっこいいなーとはおもうけど、ぼくはお話できないからむずかしいかも』
どこか困ったようにして、弟が笑った。
弟のそれは、ハンデではない。けれど、弟の中では確かに他人と比べて劣る部分であり、夢を諦めるには十分な理由だった。
小学校の宿題である将来の夢をテーマにした作文でも、そういえばヒロトはだいぶ苦戦していたっけ。きっとヒロトなりになりたいものはあるんだろうけど、話せないというハンデが彼の夢を邪魔しているのだろう。
なんとか、できないものか。
せめて弟が何か、心から楽しいと思えるもの……あるいは、興味が持てるものが見つかる出来事でもあればいいのに。
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