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「ん? どうかした?」
弟が袖を引っ張ってくるので、僕は尋ねた。弟が少し迷った様子で目を泳がせて、ゆっくりと文字を書き出した。
『いきなりだけどね、おねがいがあるの』
「お願い?」
聞き返すと、弟はこくりと頷いた。
『おまつり、いきたい』
メモ帳を僕に見せた後、弟はとてとてとランドセルの方へ走っていく。しばらく中身をガサゴソと漁った後に取り出したのは一枚の紙。
大きな花火がいくつも咲いた鮮やかなチラシだった。紅音町なつまつりと描かれたそれを持ったヒロトの目はキラキラと輝いている。
これだ、と僕は思った。
「そっか。そういえば、もうそんな季節だったね」
『クラスの子が行くって言ってていいなぁって。行けたらでいいんだけど、ぼくもいきたいな』
「いいよ。僕と一緒ならお母さんも許してくれると思うし。あと、僕も行きたい」
そう答えれば、ヒロトはニコニコと嬉しそうに目を細めた。可愛いなぁなんて頭を撫でれば、照れたように俯きがちに笑う。
「そうだ、ちょうどいいや。ヒロトのためにこれ作ったんだけどさ」
机の上にあった小さな笛を手に取る。シャラン、と深みのある金属音が鳴った。
「外へ出かけた時、何あったらこれ鳴らして。そしたら僕もすぐ気がつくし、ヒロトも楽かなって。でもなんか、居場所の確認とかのために笛を渡すって言うのは、ちょっと変な気がしてさ。だから、できる限りオシャレなものにしてみた」
そう言って鈴つきの笛をおずおずと手渡せば、弟は瞬きを繰り返した後にそれを受け取った。監視みたいな感じになるんじゃないかと僕は怖かったのかもしれない。弟がじっくりとその笛の隅々にまで視線を巡らせているのを見れば、ドクドクと心臓がうるさく脈打つ。
やがて、弟は笛を膝に置いて、メモ帳を手に取った。さらさらとメモ帳に鉛筆の先が走る音が、静かな部屋に響いた。
『ありがとう』
いつもより筆圧の強い文字がそこにあった。
『ぼくのために作ってくれたの?』
「う、うん。おこづかい、あんまりなかったから、簡単なものになっちゃったけどね」
『すっごいすてき! ぼく、これ大事にするね!』
眩い笑顔とその踊るような文字にほっと胸を撫でおろす。シャラシャラと鈴を鳴らしながら笛を観察する弟の目は、無邪気な輝きに満ちていた。
発明をしている時の僕みたいだった。
弟はあまりこういう顔はしてくれない。だからこそ、僕は弟の年相応なキラキラとした表情をもっと見たかった。
「よし、じゃあさ、その笛を持ってお祭りに出かけよう」
チラシを拾い、僕はもう一度、紙の中の賑やかな景色を見せる。そうすれば弟は、にっかりと歯を見せて首を大きく縦に振った。
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