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師である、司馬徽の所へ、客が訪れているということで、孔明含め、門下生達は、今日も屋敷の門前で散り散りバラバラになった。
そんな中、屋敷の前にある大樹が作る日陰で涼んでいこうと、孔明の友、徐庶は、場から離れようとしなかった。
先刻から、二人して、根本に座り込んでいるが、確かに、日陰。通り抜けて行く風が、心地よかった。
「おお、そうだ。諸葛亮。その後、鬼嫁、いや、細君は元気か?」
「ああ、元気だよ。そう言えば、徐庶、もう来るな、とか、さっさと、仕官しなさいとか、何なら、ゴニョゴニョおっしゃっていたなぁ」
「もう、来るな、とは、また、辛辣だなぁ」
「あー、そのぉ、黄夫人は、時々、いや、けっこう、かなり、ズバッと物を言う方なので、徐庶、どうか、気にしないでくれ」
「いやいや、俺の方こそ、先日は、突然訪れて、食われそうに、いや、飲み過ぎたからなぁ。嫌みのひとつも、言われるだろうよ」
徐庶は、頭を掻きながら笑った。
「ところで、徐庶。私達は、いつまで、こうしているのだい?」
「おー、そりゃー、先生の客人次第だな。まあ、これでも、食うか?」
徐庶は、巾着を差し出した。中には、赤い皺の寄った木の実が、入っていた。
「なんだい、これは?」
ん?!と、徐庶は、驚きつつも、
「干棗だが?つまり、棗の木の実を干して食べやすくしたものだ」
と、孔明に説明してやる。
「ほおー、なるほど、これは、旨い。程よい甘味がある」
「諸葛亮よ、立ち入った事を聞くが……おまえ、家で、物を食わせてもらっておるのか?」
旨い、旨いと、次々、干棗を口に放り込む孔明へ、徐庶は、真顔で問うていた。
孔明はというと、友の言う事がわからず、ん?と、首を捻っている。
「あのなあ、そのようなもの、どこの家にもあるぞ。とくに、おなごがおれば、尚更よ。これを煮詰めて茶にしたり、煮込み料理につかったり、こうして、そのまま、食べたりだなぁ……」
ほお、そうなのか、と、再び口に放り込む孔明を、徐庶は、必死で止めた。
「あー!諸葛亮!干棗は、一日三個までだっ!」
慌てる徐庶を見て、孔明は、はっとした。
食する個数の制限があるということは、もしや、これは、貴重な品なのかもしれない。茶に、料理に、使える、万能薬的な高価な物ではなかろうか。
「徐庶、すまぬ。知らぬ事とはいえ、私一人で、三個以上も、食べてしまった。弁償しようぞ。と、いっても、私にできるのだろうか?」
「弁償?こんなもの、どこの庭にも植わっておるわ。実を収穫して、天日干しすればよいだけのこと。それに、市場へ行けば、計り売りしておる」
「ほおー、世の中の、屋敷には、希なる木が植わっておるのだなあ。そして、市場では、このような珍しい物が、扱われておるのか……徐庶、済まぬ。そのような、珍しいものなら、黄夫人にも、食して頂きたい。譲ってもらえまいか?」
完全に、何か取り違えている。と、徐庶は、思う。ここまで、来ると、何を言っても通じない。ここは、面倒から逃れる為に、話を合わせておくかと、徐庶は、あご髭を撫でながら、渋い顔をして見せた。
「よし、特別だ。細君に持って帰ってやれ。ただし、一日三個までだぞ」
「徐庶よ、なぜ、三個までなのだ?」
「うん、残念ながら、俺もわからんのだ、我が家では、そうなっている。要は、食べ過ぎるな、ということなのだろう」
「なんと!」
孔明は、食べ過ぎると、命の危険があるのか、と、ブツブツ言っている。
いや、これは、また。もう、言わせておけと、徐庶が呆れていると、師の屋敷から、客人が出てきた。
「なんと!」
今度は、徐庶が声をあげた。
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