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「おい!諸葛亮!呑気に座っている場合ではないぞ!」
焦る友に、何事かと孔明は、その視線の先を見やる。
師、司馬徽に見送られ、三人の男が屋敷から出て来ていた。
そこはかとなく、上品な中年の男と、その従者であろう、威風堂々とし、豊かな髭を蓄えた男、そして、赤ら顔の、どんぐり眼のどこか、気短そうな男が従っている。
「いや、驚いた、まさか、あの三人に、出会えるとは!」
どの三人だと?と、言いたげな孔明を、徐庶は急かした。
「行くぞ!」
「あ、おい、ちょっと、待ってくれ」
訳もわからず、焦らされ、立ち上がった孔明は、手に持っていた、巾着を落としてしまう。
「あっ!黄夫人への土産が!」
地面に、干し棗が落ちてしまい、コロコロと、転がった。
「さっ、何をしておる!折角の機会逃してしまうぞ!」
徐庶は、足早に駆け寄り、師へ挨拶するごとで、三人組へも、挨拶をしていた。
諸葛亮!と、呼ばれているが、孔明は、転がっている干し棗を拾う事に集中している。
「ああ、待ってくれ。もう少しで、終わるから」
と、呑気に返事をした。
一方、徐庶は、地面に這いつくばる友に、呆れ果て、しかし、自分の連れであると、知れてしまった事に、やや、恥ずかしさを覚えると、
「や、また、あいつは、何をやっているのか!師の客人へ、礼も尽くさぬとは!」
苦し紛れの誤魔化し事を述べた。
「……あの者は、いったい……」
主である男が、司馬徽へ、怪訝に問う。
「ほお、早速あらわれたか、ははは、やはり、これも、何かの縁」
「です!司馬徽先生!」
作り笑いを浮かべた、徐庶が、拱手しながら、礼も尽くしている。
「おや、お前も、おったのか」
「おや、とは、また、先生も、お人が悪い」
徐庶は、さらに、よそ行きの笑顔を作り出す。
「先生、その者は、先生の?」
「うん、我が門下生だ。こやつも、なかなか、なのだがなぁ」
いやぁ、そんな、それほどでも、と、徐庶が、照れ笑いしている側で、
「あれ、が、本命よ。あやつこそ、伏竜鳳雛ぞ」
師は真顔になり、孔明を見た。
「あー、全く、ひどいことになったなぁ」
皆の視線など露知らず、孔明は、ごちながら、一つ一つ、干し棗を拾っている。
「っと、あー、すみません、そこの方」
孔明が、拾った干し棗を巾着へ仕舞いながら、師の客人の従者へ声をかけた。
「申し訳ありませんが、拾い物が、貴方の足の下に」
ん?と、声をかけられた、気短そうな男が、足元を見る。
確かに、いつの間にか、沓で、干し棗を踏みつけていた。
「うわっ、なんじゃ、これは」
「えーと、貴重な食材で、私が、うっかり、落としてしまった物を、貴方が踏みつけてしまったようです」
沓底が汚れてしまうわと、慌てて足を上げた男に、別段かまう事なく、孔明は、グシャリと、つぶれてしまった、干し棗を拾った。
「あっ!これは、先生!失礼しました。そして、これ、なのですが、口にできますでしょうか?」
やっと、自分の置かれている状況に気がついた孔明は、なぜか、師へ、潰れた干し棗を差しだした。
そんな、弟子に、司馬徽は、
「諸葛亮よ、それが、何か、わかっておるのか?」
と、尋ねた。
「はい、徐庶が言うには、干し棗というもので、ほどよい甘さのある食べ物でございます。そして、貴重な品とのこと。黄夫人、いえ、妻へ土産にしたいと思ったのですが、さて、このような、事に」
「成る程、それも、よし」
「あ、ありがとうございます!」
なにやら、会話になっているような、いないような、二人の様子を、徐庶含め三人組は、ぽかんと眺めた。
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