軍師の嫁取り 4~戦の前に出合いあり~

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「とにかく、お座りなさい」 「はい」 妻に言われ、素直に卓に付く兄、孔明の姿に、均は、飼い慣らされた犬を見る。 「均様ー!お食事の用意は、どうなってるのかしら?」 いきなり、自分に振られて、均は、焦る。覗き見がバレていたのか、はたまた、裏方へ、声をかけているだけなのか、と、どぎまぎしながら、後ろを見ると、童子が、ほとんど、たいらげていた。 「うわっ!お前、なんてことを!」 「うーん、均様!今日はかくべつ美味しかったです!ほら、均様もどうぞ!」 言ってくれるが、童子の食べ残しを均が食すると、孔明夫婦の食べるものが失くなってしまう。 このところ、孔明ときたら、食が細いのか、食べるのを忘れているのかで、余ってはならぬと人数分よりも、少なめに、作っていたのだが、それが、今日は裏目に出た。 「童子よ!これで、三人分は、無理だろう!」 「えー!私が食べたら駄目だったんですかぁ!」 今度は、童子が、グズグズと言い始める。 裏方の、ゴタゴタを察したのか、月英は、すべてを、孔明のせいにした。 「旦那様が、桃の取り合いの歌など吟じずに、静かにお戻りになり、そして、お食事を摂ってくださらないから、余るともったいない、そう思って童子が、無理に食したのでしょう。まだ、子供、腹を壊すこともございましょうし、何よりも、そこまで、気をつかわせるとは、いかがなものでしょうかっ!」 「あ、そんな事になっているのですか」 「ええ、おそらく。だから、私達の食する物も、ないのではないでしょうか。もう、なんてこと!」 月英は、お腹ペコペコです。旦那様を待っていたからですよ。と、ごちている。 その姿に、孔明は、うーんと、思案しつつ、土産があるのです!と、例の巾着を卓に乗せた。 「なんですか?えらく、古びた巾着ですね。このようなもの、旦那様、お持ちでした?」 「あー、それは、徐庶(じょしょ)のもの。その、中をご覧になってください」 言われた通り、巾着を手に取ると、中身を確かめた。 赤い干棗が、入っている。 「あら、まあ」 「どうです!すごい、珍味ですよ!一日に、三個しか、食べられ無いのですから!」 弾ける孔明の言葉など、はなから、聞いていないのか、ふうん、と、言いつつ、月英は、裏方へ声をかける。 「童子や!大棗(おおなつめ)を、持って来てちょうだい!」 はーい、ただいま、と、童子の返事がする。 「まっ、何があったのか、さっぱりですが、旦那様、実は、我が家にも、その、珍味とやらがございますのよ?」 ええーー!と、孔明は、驚いた。 「奥様、こちらで、よろしかったですか?」 皿に盛った、大棗を、童子が卓に上に置いた。 「ええ、これで、結構。お前も、つまんでいきなさいな」 はい、と、童子は喜びながら、大棗をつまむと、口へ放り込み、裏方へ下がった。 「どうですか?二個しかない桃を取り合うより、山盛りの、棗を取り合う方が、健全ですよ」 言うと、月英も、大棗を頬張った。 確かに、徐庶より譲り受けた物より、前にある物の方が、大きさ見た目、共に良い。 「はあー、まさか、我が家に、この様な立派な物があるとは……」 「思ってもなかったでしょ?でも、旦那様、汁物や、茶で、食しておりますのよ?」 「えーー!私が!!いつの間に!!」 「もう少し、食べることに、気を配られてくださいな。これでは、歌の様に、二つしかない桃に、言われるまま、安易に手を出してしまい……」 チョン、と、言いながら手で首をはねる振りをする。 「へ?!」 孔明と、そして、密かに、均も、月英の言葉に惑わされた。
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