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 いやな感じだ。  たぶん、と芝田は笑顔の裏で考える。  たぶんN氏は、芝田が撮影者だという前提で話している。たんなる運搬者だとは思っていない。  ここ最近、ずっとそうだ。 「先生にお伝えいただけませんか……ぜひ後ろ盾になりたいのです」  後ろ盾、と芝田はおうむ返しにした。  N氏は満面の笑みだ。  大らかで魅力的な笑みであることが残念だった。  彼が自分の意思でコントロールして笑えたなら、暗い場所をのぞきこんで喜ぶような生き方にはならなかっただろう。  家に帰る道を、遠まわりすることにした。  電車を乗り継ぎ、めったに乗らない路線に飛び乗る。  背後に誰かがいる気がする。  それはずっとついてきていた。  誰だろう、誰の差し金か。  タイミングから、先ほど会ったN氏であってもおかしくない。ただN氏以外でもおかしくない――顧客の誰もが潤沢な資金を確保している。  芝田についていけば、いずれ写真家の先生にたどり着ける。  そう考える顧客が、行動をおこしてもおかしくないのだ。  携帯電話の番号とメールアドレスのみのやり取りだが、いくらでも芝田のことは調べられる。
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