銃と二百年前の戦争

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銃と二百年前の戦争

エドジョーはノードからライフル銃の写真を受け取ると、何が気に障ったのか眉間に三本のシワを寄せた。 「これはどこで?」 「先日、ナリッサ皇女殿下の暗殺未遂に使われたものです」 「はっ? 暗殺未遂?」 「魔術師と魔剣士が皇女殿下とベルトラン卿の乗った馬車を襲撃する事件がありました。デビュタントの舞踏会の帰途です」 「ってことは皇宮の丘でか?」 ええ、とノードは神妙な顔でうなずく。 「銃は威嚇のために用意していたものらしく、護衛騎士の乗った馬が撃たれ暴走しました」 「あの弾はマナ石だったぞ」 干し肉を完食したジゼルがヒョコッと顔をあげ、あたしの足元まで来ると香箱座りで落ち着く。 「ジゼル殿はその場にいたのか?」と、エドが小さな白いモフモフに顔を近づけた。 「ああ。弾にかなりの量のマナが凝縮されていた。そのマナはぼくがいただいてやったが」 なんと、とエドは大袈裟にのけぞり、ジゼルは満足げなドヤ顔。初対面なのにジゼルの扱いをわかっている。 「魔術師は現場に痕跡を残さないようマナの弾を準備したようだった」 「なるほどなぁ。そういう弾もあるわけか。だが、ノード。まさかうちの団員を疑ってるわけじゃないだろうな。この銃はゼンが作ったものじゃない」 ゼン? 「サーカス用魔法具の管理はきっちりしている。銃が盗まれたこともないし、そもそもうちで使ってる銃なら馬が暴走するはずがない。ゼンが銃弾に付与してる魔術は麻痺だからな」 もしかしてゼンって……魔力ゼロの人? 「話の先を急ぎすぎですよ、エド」 「魔塔主がわざわざ顔を見せたんだから心配にもなるだろ」 「心配しなくても捕まった魔術師と魔剣士はオクレール男爵に雇われたと自供しています。ですが証拠がまったく見つからず、近く紫蘭騎士団がオクレール領に調査に訪れるはずです。ちなみに公式発表では暗殺未遂事件ではなく花火の運搬事故ということになっていますから他では言わないで下さいね」 疑いが晴れたおかげか、エドジョーの顔に安堵の笑みが浮かんだ。 「なんか知らんが、オクレール男爵は色んなとこで容疑者になってるな。ここでの公演は早めに切り上げてずらかるか」 「怪しいからこそ調査継続が必要ですよ、エド」 ノードの笑みにエドがブルッと身震いした。 「はいはい」 薄ら笑いでうなずくエドは、見た目は海賊、心は社畜。ちゃんと調査員として報酬をもらってるのだろうか。 「それはそうと、銃の出どころは分かってるのか?」 「魔術師はバンラードで仕入れたと言っていました。まさかとは思いますが、ゼンが隠れて銃を製造密輸してるなんてことはありませんよね?」 「あると思うか?」 「まあ、ないでしょうね」 顔を見合わせてニヤッと笑う二人は、ゼンという人のことを微塵も疑っていない様子。 「模造品だな」 エドは憎らしげにライフル銃の写真を指で弾いた。 「グブリア帝国ではサーカス用以外での製造許可が下りませんでしたが、公演で見た誰かが無許可で作ったのかもしれません」 「十中八九そうだろうな。それ以外考えられん」 「分解しなくても仕組みは想像がつきますし、遠距離攻撃の武器として弓矢なんかより断然優れている。この銃がバンラード産かは分かりませんが、グブリア帝国より魔法具製造技術の発達したバンラード王国なら大量生産も可能かもしれませんね」 ノードの言葉にエドはうんざりした顔でこめかみを押さえた。 「戦争のやり方を変えるほどの代物なのに、グブリア帝国ではサーカス用のオモチャ扱いだ。治安隊に銃を持たせれば辺境地の魔獣対策にもなるだろうし、弾に付与する魔術で殺すことも生け捕りにすることも可能だというのに」 「魔塔から皇室に製造許可申請を出したとき、武器転用可能と付記したのですが」 「サーカス団の銃所有数がたった三丁に制限されたのはそのせいだろう? オーラも魔術も銃も、制限すれば皇室の権力を誇示できると思ってやがる。そんなもの帝国外には通用しないのに」 「なまじ辺境伯領に自治を認めたせいで国境付近の状況を把握しにくくなっているのが問題です。かく言うわたしもバルヒェット領に関しては知らないことが多い。ニラライ河があるせいか、マナの気配も感知しにくいんですよね」 ふう、と二人分のため息のあと沈黙が落ち、あたしはツンと濃紺のローブを引いた。 「ノード、あたしの読んだ本に銃は出てこなかったんです。銃を作ったゼンって誰なんですか?」 もちろん答えはなく、ノードはわずかに口角をあげる。 もしかしたらあたしと同じように召喚された異世界人なのかとも思ったけど、ノードもエドジョーもずいぶん前からゼンを知ってる様子。 しかも、彼が作ったという銃の模造品が出回ってるのだから、せめて一年か二年以上前からゼンはこの世界にいることになる。でも、『回帰した悪女はお兄様に恋をする』の発売は去年の暮れで、まだ半年ほどしか経っていない。 これは一体どういうこと?! (ナリッサになりきって悪女口調で脳内絶叫) ゼンの正体が誰だろうと、もしノードが言ったようにこの模造銃がバンラードで大量生産されたら、……いや、ほんの数丁生産されるだけでも厄介だ。付与する魔術によってはダイナマイトレベルの爆発を起こすのも可能なはず。 小説のクライマックスに起こる魔獣討伐エピソードは、〈グブリア帝国vs魔獣〉ではなく〈グブリア帝国vs魔獣を引き連れたバンラード王国軍〉。魔法と剣に加えてバンラード軍が銃を向けてきたら……。 歴史教科書に載っていたうりざね顔の信長と〝長篠の戦い〟という文字があたしの頭を過ったとき、ノードが考えていたのはこの世界の歴史だったようだ。 「ニラライ河の向こうはかつてはバンラード王国でした。大陸北部のイブナリア王国に暮らしていたわたしにとって、噂を伝え聞くだけの遠国」 「ゲートなら一瞬だろう?」とエドが言う。 「地図すらない場所にゲートを開くほど無謀ではありません。それに、わたしが亜空間ゲートの術式を完成させたのは戦後です」 ふうん、とエドが頬杖をついて聞く態勢に入ると、ノードはグブリア帝国とバンラード王国、そしてバルヒェット領の歴史を話し始めた。 ――グブリア帝国がバンラード王国と干戈を交えたのは、イブナリア王国侵攻の数年前。当時まだ王国だったグブリアは、銀色のオーラの力で大陸南部に向かって領土を拡大した。ニラライ河を越えて戦火が及ぶと考えていなかったバンラードは、今のバルヒェット辺境伯領一帯をあっという間に奪われてしまう。 グブリア帝国軍はさらに南進しようとしたけれど、それを阻んだのはバンラード軍ではなく慣れない魔獣との戦い。結局グブリア軍は今の国境付近まで退却した。 「バンラード王国が地図から消えなかったのは魔獣生息域があったおかげと言っていいでしょう」 ジゼルはだいたい知っていたらしく、ふあ、と欠伸混じりに聞いていた。意外なのはエドが興味深そうに耳を傾けていたこと。 「なあノード、おれの知ってる話と違うぞ」 「どのようにですか?」 「ニラライ河南岸の少数民族たちは、グブリア軍によってバンラード王国の圧政から解放されたって話だ」 ノードは肩をすくめて苦笑する。 「エド、それはグブリア帝国民向けの歴史ですよ。バンラード王国には別の歴史があります。ニラライ河南岸地域は戦時中に鉱山が発見されたこともあり、独立運動もあって泥沼状態でした。それが落ち着いたのは、鉱山の所有権を含めほぼ独立に近い自治をグブリア皇帝が認めたからなんです」 「バンラード側は奪われたと思ってるわけか」 「ええ。向こうも鉱山が欲しかったでしょうね。けれど、小国バンラードには魔獣討伐と領地奪還戦争の両方に軍を割ける余裕はない。優秀な魔術師や魔剣士が集まってもそれは魔獣ハンターであって、帝国相手の戦争となるとまた別の話です」 「魔獣討伐の傭兵をやってるようなやつらは政治絡みの面倒ごとは嫌うからな」 小説を読んだだけだとバンラード王国は魔術師や魔剣士がたくさん集まる軍事強国のイメージだったけど、あながちそうとも言えないらしい。 「バンラード王国にはグブリア帝国のような統制された軍はなく、魔術師ギルドのような小隊を国王が束ねていると聞きます。グブリアとは逆に魔術に大きく頼っているせいで魔力のない人間は虐げられているようですね」 「ってことはだ。奴隷に銃持たせて領地奪還戦争……ってなことが起こるかもしれない」 「もしそうなったら二百年前とは違う結果になるでしょうね」 「今のグブリア帝国軍には魔術師どころかまともな魔法武具も、銀色のオーラの戦士すらいないからな」 二百年前と違うのはそれだけじゃない。 バンラードはおそらく魔獣生息域の移動を利用しようとしている。これはあたしの勘だけど、魔獣討伐エピソードは魔獣生息域の移動がなければ起こらなかったんじゃないだろうか。 小説では一切出て来なかった〝魔獣生息域の移動〟という言葉。それは小説内で起こらなかったわけじゃなくて、小説の裏設定(・・・)だったというだけ。 小説の中のナリッサは、治癒師フィリスからローズがマナ滞留症状研究をしていたと聞かされることもなかったし、ガルシア公爵からケイルの手紙の隠し場所を教えられることもなかった。けれど、きっと辺境域ではマナ滞留症状が増加していた。 疑問点は、通常〝討伐対象〟である魔獣を、バンラード軍がどうやって利用(・・)したのかということ。大きな魔獣を簡単に使役魔法で操れるなら、これまでだって討伐に苦労することはなかったと思うんだけど……。 ――思考に没頭していたあたしを現実に引き戻したのは、頭上を突き抜けるような甲高い笛の音だった。 聞こえたというよりも感じたというレベルの、可聴域ギリギリのモスキート音。ジゼルは耳をピクッと動かしたあと首をひねった。 「ジゼル、今のって笛の音だよね?」 ノードがチラッとあたしを見た。ジゼルは「聞こえたような聞こえてないような」みたいな複雑な顔だ。 「エド、いま笛の音がしましたか?」 ノードが問うと、エドは「あっ!」と壁掛け時計に目をやって立ち上がった。 「さすが魔塔主。聞こえたのはたぶんゼンの笛だ」 「ああ、魔獣用の犬笛ですね」 「笛を鳴らしたってことは舞台袖に待機する時間ってことだ。ノード、公演を観るならロイヤルシートがおススメだぞ」 「ぼったくる気でしょう?」 ニヤニヤと笑いあう二人の関係にほっこりする。 「仕方ない。魔塔主に恩を売っとくのもリンカ・サーカス団団長の仕事だからな。皇族席もたまには使わんと埃が溜まるんだ。皇族観覧席なら結界があるからうちの魔獣たちがノードの魔力に怯えることもない。ジゼル殿はサーカスに興味ないか?」 ジゼルはうきうきと目を輝かせ、チラッとあたしを見た。 「観たい!」とあたしもうきうき気分でノードを見る。 「興味がないこともないぞ」 ジゼルがエドに向かって言うと、ノードが笑いを堪え切れずクッと声を漏らした。 「じゃあ、お言葉に甘えてサーカス公演を観に行くとしましょう」 「今さら案内は不要だよな。おまえ好みのワインがあったから後でかわいい女の子に差し入れさせるよ」 エドが嫌らしく口の片側をあげてドアを開ける。ワインはいいけど女の子はここにいるので結構ですよ〜だ。 部屋を出ると向かいの扉に『非常口』とあり、その鍵穴には魔術が付与されているようだった。それ以外にもそこかしこに魔力の気配が漂っている。 「おれはこっちだから」 バタンと音をさせて部屋の扉を閉めたエドは、左方向へと伸びる通路を指さした。マナ石ランプと扉とが一定の間隔で続き、ペットショップみたいな匂いが漂っている。オッ、オッ、オ……と獣のような鳴き声がした。 「エド、防音結界の効いていない部屋が?」 「いや、今のはおそらく……」 エドが答えかけたとき、キィと音がして最奥のドアが開いた。姿を見せたのは男性団員とその腕に乗る大きなフクロウ。 フクロウはぐるりと首を回してこっちを見ると、孔雀みたいにモサッと羽を広げてひとまわり大きくなった。グレーの羽の濃淡でできる模様が美しく、クリっとした金色の目が愛らしい。 「おや、怖がらせてしまったようです」とノード。 フクロウだけでなく、リードを握る男性も怖がっているようだった。ノードの魔力が感知できるということは、たぶん彼も獣人。 「エド、その人は?」 警戒心を露にする団員に、「すまんすまん」とエドは軽く返す。 「メンテナンスのために魔塔から来てもらってたんだ。驚かせて悪いな。リーゴは大丈夫そうか?」 リーゴというのはフクロウの名前のようだった。羽を広げてカチカチと嘴を鳴らすリーゴの威嚇は、人間さんからすればモフりたくなるだけなのよ。 「魔術師さんから離れないことにはなんとも。まあ、時間もないから行くよ」 男性団員は背を向け、通路の突き当たりにある格子戸を開けた。 「おっと、おれも一緒に上がるからちょっと待ってくれ」 駆け出したエドは数歩先で振り返り「そっちから行ってくれ」と非常口のドアを指す。エドが格子戸を閉め、団員の手がスイッチを押すと、エレベーターだったらしく二人と一羽は上階に運ばれていった。
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