銀鱗躍動～西成弁護士の事件診療録～

海際の街にて

西成が訪れたのは海際の街のちいさな一軒家だった。家は海を一望できる高台の上にあり、青空と海風と波の音に包まれている。
けれど建物自体は木造の質素な造りで、医者の実家というイメージには似つかわしくなかった。

「突然お邪魔して申し訳ございません」
「いえいえ、こんな遠いところまでご足労ありがとうございます。夫はまだ漁から戻りませんから、私しかいませんけど。――でも、弁護士さんが来られるなんて、いったいどうされたんですか」

事前に約束を取り付けていたものの、杉山の母はひどく不安そうな顔をしている。

「海太が何か問題でも起こしたのでしょうか」
「いえいえ、そういうわけではありません。ただ、彼の生い立ちに興味を持ったもので」
「そのためだけにわざわざこんな田舎まで？」
「それがですね、職員の誘致のために重要なんですよ。医者にとって個性は大切ですから、研修医として当院にこられた杉山先生の背景をインタビューしたいと思いまして」

そこまで説明してようやっと、杉山の母は安堵の表情を浮かべた。
けれど西成の言うことは嘘ではない。病院のホームページでは職員の就業動機を月替わりで紹介しているのだ。

「ところで、海太君はどうして医者になろうと思ったのでしょうか」

西成はごくごく平凡な質問から話を始めた。けれど母は意外にもためらいを見せた。

「兄の影響だと思います。……海太には、漁師の兄がいたんです」

母は視線をそらし和室の奥へと向ける。追うとそこには杉山海太とよく似た青年の写真が飾られていた。
屈託のない笑顔で、海太よりも壮観な顔つきに見えた。
けれどその写真は仏壇の隣にあった。額縁の中のモノトーンの写真は、彼がもうこの世にはいないことを物語っていた。

「亡くなられてしまったんですか」
「……はい。海に消えたんです。十年前の、船の事故でした」
「それは残念なことです。心中をお察し申し上げます。お線香をあげてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」