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鈴木が怒り猛るのも無理はない。なにせ鈴木は患者からクレームの煽りを受けていた。刺青に気づいた患者が過敏に反応したのだ。
「あんた、あの研修医の指導医なんだろ? ったく、あんな非常識なやつ、よく患者の前に立たせられたもんだ。どんだけ図太い神経してるんだ! ああ!?」
「申し訳ありません、私も刺青については承知していなかったもので……」
「はんっ! この病院は上から下まで駄目な奴の集まりなのかよ!」
その直後、痛烈なクレームの投書が病院の執行部に届いたらしい。名指しで非難されていたから、当事者が誰なのか、すぐに特定された。
西成の秘書である前田が三人分のお茶を運んできた。
「鈴木先生、杉山先生、狭山茶です。暖かいうちにどうぞ」
腰をかがめ、そっとお茶を皆の前に差し出す。すらりとした若い女性で所作が美しいが、ふたりはその振る舞いに目を留める余裕はない。
「すみません、いただきます」
鈴木は茶に口をつけたが、当の杉山はじっと湯飲みを見つめたままだ。さきほどからほとんど口を開かない。いったい何を考えているのだろうか。鈴木にとって杉山はあまりにも不可解な男に思えた。
「ところで」
西成は厳かに話を進める。
「クレームの原因が『刺青』にあるのは明白ですが……杉山先生はなぜ刺青を?」
杉山はかすかに顔を上げた。能面のような表情で、西成といえどその裏側を推し量るのは困難に思えた。
「……刺青って、そんなにいけないものなんですか」
杉山はぼそりと小声で尋ね返す。すかさず鈴木が声を荒らげた。
「あたりまえだろ、お前には常識ってものがないのか! 誰だって、刺青を彫っている医者にまっとうな奴はいないと思うだろうよ」
「刺青は業務規程の禁止事項に記載がなかったので、構わないと思うのですが……」
「貴様ッ……! 社会的通念って言葉を知らんのか!」
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