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それから数時間後のこと。
「西成先生、お言葉ですが」
西成は秘書の前田に声をかけられた。前田がみずから意見をするとは珍しい。
だから何か考えがあるなと西成は直感した。
「どうしたんですか、前田さん」
「あの杉山先生という方、院内での評判はけっして悪くない方です。無口ですが、仕事に対する姿勢は真摯なようですし、患者の病状の理解や手技を覚えるのもかなり優秀らしいです。就職マッチングのときの資料を調べてみたのですが、学生の時の成績は上位一割に入っていましたね」
前田は腑に落ちないような顔をしている。彼が刺青を彫るような人間には思えないらしい。
「いつも素晴らしい調査能力ですね。大変心強いです」
「あっ、いえ、当然のことです」
前田は向かいあうモニターから視線を外し西成に目を向ける。
「――それから杉山先生と同級生の先生に尋ねてみたのですが、学生の頃、いわゆる『チャラい』雰囲気はまるでなかったそうです。刺青のことは別段隠していなかったみたいですけど」
「なるほど。確かに、私も彼の雰囲気と刺青が一致しなかったですね」
「それにしても彼、どういう家庭環境で育ってきたんでしょうね」
「ああ、前田さん。その点は重要かもしれませんね。――じゃあひとつお願いがありますが、彼の実家の場所について調べていただけますか」
「わかりました。――小名浜ですね。福島県の海際の街です」
「調査が早いですね、さすがです」
「マッチングの資料を開いていましたから。そこに実家の住所も書かれていました」
外で夕焼けチャイムの音楽が鳴り響く。西成は腕時計を確かめた。
「ああ、もうこんな時間なんですね。それでは今日はここまでにしましょう。――それで私は明日、出張に行ってきますから、ここには出勤しません」
「えっ、出張の予定なんてありましたっけ?」
前田が不意打ちを食らったように驚き尋ねると、西成はにやりと口角を上げて答える。
「ですから調べてくるんですよ。あなたが気にしている、杉山先生の家庭環境とやらをね」
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