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――ぽたり
(化け物の子……おれは、母上の子じゃない……?)
――どろり
頬に落ちてきた雫の感触が変わった。生ぬるい、重みのある粘り気のある感触。
蒼は絶望した。これから起こることがなんなのかはわからない。けれど決してよくないことだということはわかった。そして、自分はきっと、助からないことも。だって蒼はひとりなのだ。母はいない。もしかしたら助けてくれるかもしれない父も、今は家を空けている。助けは、来ない。
蒼はカタカタと歯を鳴らしながら天井を見上げた。
――どろり
しかし、蒼がそれを見ることは叶わなかった。
今まで雫程度の水しか落ちてこなかったのに、蒼が天井を見上げると同時に落ちてきたそれは、蒼の顔をとっぷりと覆うほどの大きさとなって降ってきたのだ。
蒼は声も出せなかった。声を出そうとしたら、開いた口に水が入り込んでこようとしたのだ。蒼は慌てて口を閉じた。目もぎゅっと閉じる。全身が水にとっぷりと包まれているのがわかる。息ができない。苦しい。蒼は小さな体で力いっぱい藻掻いた。顔を覆うそれを拭い取ろうとした。しかしそんな抵抗は、虚しくも水に手を絡め取られるだけで無為になる。
(苦しい……)
――どろり
息のできぬ苦しみに丸まった蒼の背中に、また水が落ちてくる。
――どろり
――どろり
次々に重たい水が蒼にのしかかり、その重みに蒼の体はますます丸くなる。
(死んでしまう)
ひゅう、と蒼の喉が力なく鳴った。
(母上……)
――どろり
(助けて、父上……)
――どろり
ぐっと蒼の体が持ち上がる。完全に全身を水で覆われた蒼は、そのまま水に連れ去れようとしていた。水はぐいぐいと蒼の体を高く持ち上げ、屋敷の外へと運び出そうとでもいうように動き始める。
と、そのとき、袖に入れていたビードロが転がって袖口から落ちそうになるのがわかった。
(だめだ。落ちたら、割れてしまう)
朦朧とした意識の中で、それでも蒼は、袖口から零れ落ちようとするビードロを捕まえようと小さな手を必死で伸ばした。一瞬、ビードロが指先を掠める。
けれど、虚しくもそれを掴み取ることはできなかった。ビードロは蒼の手をすり抜ける。
ビードロが、落ちる。
(いけない……)
絶望しかなかった。
すずの顔がふと浮かぶ。最後に見せた、勝ち誇った笑み。
空気が足りず、藻掻くこともできなくなってどんどんと気が遠くなる中、蒼はすずに問いかける。
(あの顔は、こういう意味だったのですか……)
蒼の死を意味する顔。
ひゅう、と蒼の喉がまた鳴った。それが最後の息だった。どこか遠くで、父の声を聞いたような気がした。
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