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「蒼は、俺とおまえが出会ったのは運命だって言ったけど、」
「うん」
蒼も、菊彌に体を預けるように寄りかかってきた。互いに体を支え合う。触れ合った箇所から伝わる体温、それから、呼吸のたびに膨らんだりしぼんだりするその動きにすら、菊彌の胸の内にはなんとも言えない多幸感が湧き上がる。
「俺はさ、必然だったと思うんだ」
「必然?」
「そう」
菊彌は頷いてから、少し考えるようにもぞりと唇を動かす。それから、ぽつり、ぽつりと言葉を選ぶようにゆっくりと語る。
「俺、思ったんだ」
「うん」
「みんなさ、大切な人を傷つけたくなかっただけなんだよ」
わずかに、蒼が身じろぎをする気配があった。
「朔太郎さんとゆきさんの村で起こったことも、村の人は、それぞれ自分の大切な人を守りたかったからああいうことをしたと思うんだ。やり方は正しいとは思わないし、残酷なやり方だったと思うけど」
朔太郎が村を裏切って逃げたのは、大切な人、ゆきを守るためだった。
そんな逃げたふたりを追ってきた朔太郎の父親が許されないことをしてしまったのは、自分の大切な人たちの仇を討つためだった。
朔太郎が『変革』を起こそうとしたのは、ゆきのため。
菊彌が村でされたことも、同じだ。弥八を守れなかった菊彌を罵ったのは弥八のためだったし、洪水に備えた避難に抗おうとしたのも、各々の大切な人を守るためだった。
やり方や、それが正しい選択かどうかは一旦端に置いて考えてみれば、それらの行動の理由は、みんな、みんな、誰か大切な人を守るための行動だったはずだ。
「……そういう、うまく嚙み合わなかったみんなの優しさを搔き集めて、俺たちは生まれて、そして出会った。運命なんて不確かなものじゃない。俺たちが出会ったのは、こうやって今、穏やかな川の流れを眺めていられるこの時間を迎えるために、必然的に、出会ったんだよ」
菊彌がそう言えば、蒼は小さく、「うん」と頷いた。しかし、それきり黙り込んでしまう。そんな蒼に、菊彌は言葉を付け足した。
「だからといって、許されること、許されないことはもちろんある。全部を全部、受け入れるって意味じゃない」
「……うん。わかってる」
蒼はまた頷いた。それから、菊彌の方へと顔を向ける。間近で目と目が合った。蒼の瞳は、まるで吸い込まれてしまいそうなほどに、深く澄んでいた。
「……菊彌は、優しい」
そして、いつかも言っていたその言葉を口にする。
「菊彌のそういうところ、すごく、好きだなって思う」
蒼は、噛み締めるように言った。その言葉を聞いた瞬間、菊彌の心臓は跳ねた。それはあまりにも突然だった。そんなことを言われるとは思わなかったのだ。菊彌の唇は、意味もなくはくりと空気を食む。
「……俺は、」
かろうじて出たその声は、ひどく掠れていて、情けない声だった。けれどそれでも、目だけは、蒼から逸らさなかった。真っすぐに蒼と見つめ合う。見つめ合ったまま、菊彌の唇はほとんど無意識に言葉を紡いでいく。
「お、俺は、蒼の馬鹿みたいに真っすぐで、頑固なところが、いいと、思う……」
菊彌がそう言えば、蒼は驚いたように目を見開いた。かと思えば、次の瞬間には、その顔はくしゃりと歪む。笑っているような、泣いているような表情になる。
「……それ、褒めてる?」
蒼は茶化すようにそう尋ねてくるが、その耳は赤く染まっている。菊彌は思わず、そこに手を添える。どうしようもなく、触れてみたくなったのだ。赤く染まるそこは、どれほど熱を持っているのだろう、と。と、蒼はぶるりと震える。その動きが、つぶさに菊彌の指先にも伝わってくる。ぞくり、とする。
「き、菊彌、」
引かれるように。導かれるように。それが、当然のことのように。菊彌は蒼へと自分の顔を近づけた。そして、唇を、蒼の形のいい額に柔く乗せる。
(蒼が、ずっと幸せでありますように)
そんなことを願う。
「菊彌」
戸惑ったように、蒼が菊彌の名を呼ぶ。菊彌はそっと、蒼を解放する。
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