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「……佐江とは本当に仲が悪くてね。そんな理由じゃあ、納得できないかい?」
蒼は少し迷ってから、小さく頷いた。すずはそれを承知していたようで、「そりゃあそうだ」と言うのみである。そんなすずに、蒼は小さく問いかけた。
「お仕事の関係、ですか」
父親である朔太郎は、どうも自分の生業についての話は、蒼にも、佐江にすら、詳しく話したがらない。佐江はそれについて妙に納得しているようで、朔太郎に根掘り葉掘り尋ねたりはしない。が、蒼としては、理由もわからないままにひた隠しにされてしまえば余計に気になるというものだ。
「そう」
すずが頷いて応えたとき、蒼は内心で、これは父親の仕事を知るには絶好の機会かもしれない、と思った。
と、すずが「ん?」と蒼の顔を覗き込む。
「あんた、朔太郎さんの生業を知っているのかい?」
蒼はふるふるとかぶりを振る。
「おれにはお仕事の話はしたがらないので」
するとすずはまた、「そりゃあそうだ」とぼやく。
一方で、蒼は考える。朔太郎の商売の内容を蒼は知りたいのだ。毎日不定期な時間に家を出てはふらりと帰ってくる。その日のうちに戻ることもあれば、二、三日は帰らないこともある。長いときでは季節が移り変わってしまったりもするのだ。怪我を負って戻ることもしばしばだ。いくら心配しても「大丈夫だ」と背を向けてしまう父のその勤め先がどこであるか、そもそも気にならないわけがないのだ。
蒼は意を決して、まだなにかに悩んでいるすずに声をかけた。
「すず様」
「うん?」
「おれと、取引をしませんか」
「……取引だって?」
蒼はその幼い顔には到底似合わない神妙な顔つきで頷いた。
「おれは父上にこれをお渡しします。母上には内緒で。その代わり、すず様は父上のお仕事を教えてくれませんか。父上と母上には内緒で」
「ええ?」
蒼の申し出を聞いたすずは大きな声を上げた。
「それはなかなか、危うい取引だな……」
すずの手が畳に置かれた小瓶に伸びる。その仕草に、すずがこの話をなかったことにするつもりだ、と蒼は察する。蒼は慌ててまた口を開いた。
「この話を受けてもらえないなら、おれ、すず様が来たことを母上に喋ってしまうかも……」
と、ぴたりとすずの手が止まる。小瓶の一歩手前だった。蒼は小さく、ほっと息を吐く。すずの手はゆっくりと、自らの膝の上に戻った。そして、大げさなほどに大きなため息を零す。それから、すずはまっすぐに蒼を見つめてくる。
「知っているかい。それは取引じゃない。脅しってやつだよ」
すずのその言葉に、蒼はゆっくりと頷いた。
「わかっている、つもりです」
すると、すずは面白いものを見たように目を丸くした。それから、にやりと笑う。「へえ」と呟くと、なにかに納得したかのようにうんうんと頷いた。はっきりとは口にしなかったけれど、すずがもごりと、「さすがあの人の子だ」などとぼやいたのだ蒼にはわかった。
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