それぞれの事情・祥太朗の場合

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「おかえりなさい、ご飯にしますか? 先にお風呂にしますか?」  午後二十三時半、コンビニ終りの勇気さんが榛名家では一番遅いご飯を食べる。  玄関に出迎えた私に、勇気さんがポカンと口を開けて。 「ヤバ」 「はい?」 「なんか、新婚みたいじゃない? 俺と風ちゃん、やっぱ結婚した方がいいんじゃない?」  私の後ろを歩きながらテンション高く笑う勇気さんに、リビングでお茶を飲む祥太朗さんが。 「吉野さん、それ全員に言ってっから。勇気だけじゃねえんだわ」  冷めたような祥太朗さんの口調に、勇気さんがイーッと歯を食いしばる。 「いいだろ、ちょっとぐらい夢みさせろよ。今までこの家でそんなこと言ってくれる人、いなかっただろうが」 「まあ、それは確かに」 「なに? 言って欲しいの? ご飯にする? それとも、あ・た・し?」  二人の肩に手をかけて、必殺ウィンクで決めポーズする美咲さんは美しい。  女の私でも惚れ惚れするというのに。 「美咲には、そういうの絶対似合わないから」  勇気さんが舌を出すと美咲さんはぷうっと頬を膨らませて、祥太朗さんの脇腹をどつきながら。 「ねえ、祥太朗。コイツ、ホント頭くる。弟なんだから姉のために、やっつけて、ねえ、やっつけて」 「おい、なんで俺に八つ当たりすんだよ」  面倒臭いとばかりに二人から離れて祥太朗さんはキッチンに避難してくる。 「勇気のカレーだけ、激辛にしといてやって」 「残念ながらできません」  三人のやり取りが毎回楽しくて見ているだけで癒される。  だけど、こうして最後は祥太朗さんだけその輪を離れているような? 「あ、明日のシフォンケーキ決まった?」 「さっき、美咲さんに聞いたらシンプルなのが食べたいっておっしゃってて。だから、プレーンにしました。祥太朗さんは好きですか?」 「うん、好きだよ」  良かったと頷こうとしたら。 「あ、今祥ちゃんが風花ちゃんに好きだよって告白してた」  ここからは一番遠い場所にいるテレビの前のソファーに寝そべっていた桃ちゃんが急にガバリと起き上がる。 「い、今のは、シフォンケーキのプレーン味が好きかどうかって聞かれて」 「そうです、そんなんじゃないですから」 「シフォンケーキってなに?」 「あ、勇気も明日行く? 祥太朗と風花ちゃんのシフォンケーキ食べに行くわけよ」 「行きたい、行くに決まってんだろ。つうか誘えよ、祥太朗!」  その時小さなため息が隣から聞こえた。  いつか月明かりの下で聞いたことのあるような、ため息だったと思う。
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