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「え、ちょ? いっ!?」
寝袋の中、もがいても逃げきれないと悟って、落下に備えてギュッと目を瞑ることしかできなかった。
勢いよく落ちてきた硬いものが、寝袋から顔だけを出していた私のおでこに、コーンと小気味よすぎる音をたてて直撃して、カランカランと地面を転がっていく。
硬いものは、痛みだけじゃなく、ついでに顔面や髪にまで液体を降り注いでいった。
臭い、やっぱりビールだ、これ!!
必死に寝袋から両手を出して、顔を擦った。
「大丈夫ですか!? あ、あの、誰もいないって、や、いるわけないって思ってて。絶対わざとじゃなくて、ごめんなさい!!」
缶ビールを放った男の人が、私のもがく気配に気づき、青白い月を背負うようにしゃがみ込み、手を差し伸べてくれた。
その手が私に向けられたものだと理解するまで時間がかかった。
ああ、そうか、起き上がらせてくれようとしてるんだ。
ぼんやりとした思考の中、おずおずとその手を握った瞬間、冷え切った体に血が巡ったように思った。
人の温もり――。
今まで感じたことがないほど温かく感じたのは、私自身、この生活に限界を感じていたからだと思う。
「つうか、なんでこんなとこに寝袋で? ここって結構危ない場所だし。って、あの、」
優しい声色と心配してくれているこの人の目は、今私に向けられてるんだ。
そう思ったら、見る見る目の前が霞んでいく。
「う、うっ……うわーん……うえっ、わーん」
「え、ごめん! 痛かったよね? ホント、ごめん!!」
手を握ったまま大声で泣き出した私に、彼はオロオロしていた。
少しずつ泣き声が小さくなって落ち着くまで、そのまま側にいてくれた。
ようやく涙も引っ込んで、しゃくり上げながら見上げた月は、さっきより温かな色をしているように見える。
私一人だったなら、きっと月はまだ青白かった、そんな気がした。
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