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第一話 壕の中
ここは沖縄にある海軍司令壕の中。
一応要塞とは言っているが、岩山に通路を掘っただけのその壕は、まるでアリの巣の様に通路が張り巡らされているだけの洞穴だ。
その通路も、大人が腰を屈めなくては通れない高さで、すれ違うにも体を壁にすり寄せなくてはならない。
そんな所に何百人もの兵隊が押し込められているのだから、壕の中は蒸し風呂状態。暑い事この上ない。
もちろん座るスペースなんて無いので、食べるのも寝るのも立ったままだ。
そんな中に、近藤二等兵がいた。
彼は今年二十四歳。招集されて間もない新隊だ。
そして、彼の右隣に同じ二等兵の山本がいた。
山本二等兵は四十三歳。最古参の老兵だ。
しかし、歳が違えども二人は同じ二等兵。一番下っ端である事には変わりない。
近藤二等兵が、山本老兵に小声で訪ねた。
「山本さん。寝てるんですか」
青年の澄んだ声に山本老兵はうなだれながら答えた。
「寝られる訳ねえだろう、こんな立ったままで」
「そうですよね。しかも暑いし」
「ああ全くだ、と言いたい所だが反対側の岩田は寝てるぞ」
「ああ、ほんとですね」
「こんな状態で寝れらるなんて、こいつは豪胆だな」
「ハハッ。でも、うらやましいです」
「そうか?」
「だってこの状態、寝てる間が一番幸せかも知れませんよ」
「そうだな。違げえねえ」
山本老兵はそう言うと、一つため息をついてから訊いた。
「ところで、山田君はどうした。姿が見えねえが」
「山本さん。あいつなら、昨日の突撃ラッパで壕から出ましたよ」
「あっ、そうか。じゃ、もう……」
「はい。もうアメ公に蜂の巣にされてますよ」
「……だな。まあ、次は俺たちだけどな」
「そうですね」
しばし二人は沈黙した。
奥の方からパチパチと音がする。おそらく上官が竹刀を振っているのだろう。
山本老兵がポツリと言った。
「しかし、壕の出口じゃアメ公が機関銃構えて待ってるってのに、なんで俺たちゃそこに突っ込んでかなきゃならねえんだ」
「ほんとですね。まるで殺される為に集められたって感じです」
「ああ。こっちはこんな銃剣一丁しかねえんだぜ。勝目がねえ事くらい子供が見たって判るぜ」
「ホントです。天皇陛下がお守り下さるなんて、うわ言にしか聞こえません」
「全く、俺たちがそれを知らねえとでも思ってんのかね、あのバカ軍曹どもは」
「山本さん、声が大きいです。聞こえちゃいますよ」
「聞こえる様に言ってんだよ、近藤君。どうせ数時間後には死ぬんだ。これくらい言ったってバチゃ当たんねえだろ」
「まあ、竹刀は飛んでくるかも知れませんけどね」
「ハハッ、全くだ」
その時、軍曹の声が狭い通路を伝って聞こえてきた。
「こらあああ、誰だ、無駄口叩いてるのは。お国の為に尽くす気構えがなっとらんぞ」
二人は慌てて押し黙った。
少し間を置いて、近藤二等兵は小さな声で山本老兵に訪ねた。
「山本さん」
「ん?」
「山本さんは、生まれ変わったら何になりたいですか」
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