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 ヒノモトにも夜は来る。しばらくひとりでイベントを楽しんでいた僕は、いつの間にかぽっかり浮かんでいた真ん丸の月に誘われるように火ノ都を後にした。  街を一歩出れば、そこにはまったく違う風景が広がっている。見渡すかぎり、一面の野原。遠くに連なる、なだらかな山々。明るく輝く月にも負けない、まぶしいほど鮮やかな星空。  祭りの騒がしさに慣れきっていた耳が、久しぶりに静かな時間を取り戻す。優しい風に揺れる草の音。聞いたことのない虫の声。ゲームの中だけど、BGMはない。誰もいないフィールドというのはとても珍しくて、僕はついつい足を延ばしてしまった。  特に目的があるわけじゃなかった。大きな満月が一番キレイに見える場所はどこだろうと、空を見上げながらのんびり歩いていただけだ。だから、いつの間にか高レベルのプレイヤーしか足を踏み入れない領域に迷い込んでしまったことにも気がつかなかった。 「……あれ?」  おかしい。雨は降っていないのに、濃い水の匂いがする。ずっと空に向けていた視線を進行方向に戻した僕は、思わず「えっ」と声を上げてしまった。  草原の間をくねくねと走る小道をたどっていたはずなのに、気がつけば深い茂みの中に来てしまっている。慌てて辺りを見回すと、背丈の長い(あし)のような草の隙間からなにかがキラキラと輝くのが見えた。それが、満月の光を反射した水面だと気づいた瞬間、僕の動きがぴたりと止まる。 「ここって、もしかして《月蝕(げっしょく)の泉》……?」  水底で咲く花の毒のせいで、魚すら住むことができない死の泉。火ノ都の近くにそんな危険なスポットがあると、新聞社で聞いたことがあった。レベルの低い僕たちには関係なさそうな場所だったので、そのときは一緒にいたメイくんと「怖いところがあるんだね」くらいの会話しかしなかったけど。 「……! まさか、もう毒になってる!?」  僕はとっさに片手で口元を覆い、ステータスウインドウを確認した。物怪から毒の要素を含んだ攻撃を受けたりすると、《毒》の状態異常にかかってしまうことがある。一定時間ごとに一定の体力が削られてしまうので、長時間そのままでいると死んでしまうかもしれない。  今のところ、僕のステータスは正常のようだ。体力ゲージも満タンで、特に減ったりはしていない。 「泉の中に入らなければ、毒にはならないのかな? ……でも、なんか怖いし、強い物怪もいそうだから街に戻ろ――」  そう。戻ろうと体ごと振り返った、そのとき。  ぱしゃり、という不自然な水音が辺りに響き渡った。
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