プロローグ

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 コンニャク妖怪は、あいかわらず僕たちを攻撃のターゲットにしているらしい。ゆっくりと、けれど迷いなくこちらに向かってきている。少し距離が離れているので、今のうちにメイくんを回復してしまえばいいんだろうけど、まだまだゲームに不慣れな初心者の僕では、それなりの時間がかかる。きっと手間取っているうちに追いつかれてしまうだろう。  と、いうことで。 「離脱するよ、メイくん」 「ん。よろしく」  逃げる。これが今のベストな選択。  コンニャク妖怪のような、いわゆるボス級妖怪は、自由に移動できる範囲がかぎられている。そこに入らない、もしくはそこから一歩でも出てしまえば、戦わなくてすむのだ。  そこで、改めて確認。メイくんのアバターは侍だ。金色の髪に青い目をした異国の青年風の――本人が言うには、どこにでもいる普通の侍だ。歴史の教科書や美術館で見るような動きにくそうな鎧ではなく、現代風にアレンジした細身でスタイリッシュな防具を装備しているけど、重いものを身につけていることに変わりはない。  そんなメイくんを、僕の細い腕で移動させることなんてできるだろうか? もちろん、普通に考えれば答えはノーだろう。けれど、ここはゲームの世界だ。物理法則とかいう絶対的なルールさえも、一時的に例外になる場合が結構あったりする。こんなふうに。 「はい、よいしょ。……せーのっ」  僕はまったく動く気配のないメイくんの片腕を持ち上げると、そのまま地面をずるずる引きずりながら走り出す。僕は重いと思わないし、メイくんも痛いと思わない。はたから見ればびっくりするような光景だけど、かついで運ぶよりも断然こっちのほうが手っ取り早いのだ。僕たちはあっという間に、コンニャク妖怪の活動範囲から逃げ出すことに成功した。  地面に描かれた光の境界線をはさんだ向こう側から、ようやく追いついて来たコンニャク妖怪のつぶらな瞳が、じっと僕らを見つめてくる。握手ができそうなほど近くにいるにも関わらず、コンニャク妖怪は決して線を踏み越えようとはしない。しばらくすると、くるりと振り返り、自分の定位置へと帰っていってしまった。さみしそうな後ろ姿が小さくなるのを見届けてから、僕は大きな息をはき出す。 「お待たせ、メイくん。回復しちゃうね」 「ふわ」  返事の代わりに、あくびをされた。まったく、誰のせいで僕がこんなに苦労しているのかわかってるんだろうか。でも、それもこれもあれもいつものこと。いちいち腹を立てていたら、メイくんの友達なんてやっていられない。
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