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「とりゃ!」
「!?」
自分でも本当に信じられないことをしていると思うけど、体が動いてしまったんだからしかたない。僕は欄干の上にいた鬼面のアバターに体当たりをするように飛びつくと、そのまま一緒に川の中へと飛び込んだ。
「……あれ?」
そう、飛び込んだ――はずだった。
水面に叩きつけられたときの衝撃とか、水しぶきの上がる大きな音とか、全身に感じる冷たさだとか。そういうこともまるっと覚悟して硬く目を閉じたはずなのに。なぜか、なにひとつ起こらない。それどころか。
「え、え?」
浮いている。いや、正確には水の上に立っているのだ。
誰が?
僕が?
いや、鬼面のアバターが!
「なんでなんでなんで、どういうこと!?」
「舌かむから黙ってろ」
自分の今の状況がわからず、ぐるぐる回る視界で混乱している僕の耳に、少しいらだったような低い声が刺さった。反射的に、口にチャックをする。忠告どおり舌をかまないようにするためというよりは、彼の――鬼面の口から、意味のある言葉をもっと聞きたかったからだ。
そのまま、上に下にと体が浮遊している感覚がしばらく続く。どうやら、僕は川の上を走る鬼面に抱えられているらしい。いわゆる、お姫様抱っことかいうやつだ。だいぶ恥ずかしいけど、この状態だと鬼面の顔が近くにあるので、ここぞとばかりにじっくり観察することができた。
目元だけ覆った鬼面の下には、すっと通った高い鼻があって、強く引き結んだ唇がある。やっぱり、ちゃんとした人間だ。最初の印象より、だいぶ若く見える。僕とメイくんの、ちょうど中間くらいの年齢設定かもしれない。
そういえば、警察はどうしたんだろう。あまり身動きができない状態ながらも首だけを動かして、鬼面の背後を確認する。さっきまで僕たちがいた橋の上では、警察が団子状になって、こちらを指さしながらなにかを叫んでいる。けれど、その姿がだんだん小さくなると、やがて糸が切れた数珠玉のように全員が同じタイミングでばらばらに散っていってしまった。境界線から出た僕とメイくんを追ってこられなかった、あのコンニャク妖怪みたいに。
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