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「飽きたかも」
メイくんのその一言は簡単に想像できることだったので、僕はただ「だろうね」とうなずいた。
説明しよう。今までの経験から、そろそろかなと感じた僕は、ひとり教室の窓際に立ってスマートフォンをいじっているメイくんに尋ねたのだ。「ヒノモト、もう飽きちゃった?」
その返答が、冒頭のセリフである。メイくんはまったく悪びれる様子もなく、画面から目を離すこともない。
「コンニャク妖怪を倒して満足した感じ?」
「んー。まあ、だいたい。毎日こういうことを積み重ねていくんだなってことがわかったから、もういいかなって」
ロールプレイングゲームでは必ずラスボスがいて、それを倒すことでクリアになる。でも、ヒノモトにはストーリーとしての終わりがない。だから、やめるタイミングも人によって違う。
メイくんの中では、コンニャク妖怪を倒した時点で区切りがついていたんだろう。実質のラスボスのようなものだ。コンニャク妖怪を倒すまでの戦闘や依頼、歩いた街並みやフィールドの景色。それがメイくんにとっての、ヒノモトのすべてになるんだろう。
「……ちょっと残念だけど、いつもゲームは一日とか三日で飽きるメイくんにしては、十日は頑張ったほうだよね」
「さすが、よくご存じですこと」
窓から入る初夏の風が、カーテンを揺らす。メイくんの色素の薄い、やや襟足が長めの髪と一緒に。
ホームルーム前の休み時間のにぎわいも、メイくんの周囲までは届かない。メイくんが自然と放つ独特の雰囲気が、バリアのように彼を守っているかのように。
メイくん自身は別に気難しいわけでもないし、なにかを拒絶しているわけでもない。僕以外のクラスメイトとも普通に話をする。それでも、一定の距離以上は踏み込ませない。メイくん――飛鳥井明夜には、そんな不思議な空気感があった。
「夏樹のほうは、結構楽しんでるみたいね。オレがいなくてもログインしてるんでしょ? なんか鬼面に遭遇したり、猫又の卵までゲットしてるし」
「ああ、そうそう。きのう、その卵が孵化したんだよ。すっごくかわいくてね、ふわふわでね、にゃーんって」
「へえ」
両手を使って猫又のサイズや毛並みの柔らかさを表現しはじめた僕をちらりと見て、メイくんが端的な感想をもらす。メイくんも別に動物は嫌いじゃないはずだし、見たら絶対に気に入ってくれると思うんだけど、多分もうその機会は訪れないだろう。
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