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 しゃがんだ姿勢のまま、体をくるりと反転させて男の子に背を向けた。後ろから驚いたような声が飛んできたけど、僕自身が一番びっくりしている。なにを言い出して、なにをしようとしてるのか。右も左も分からない土地で、お母さんを待たせてまで。 「……いいって、別に。用はすんだから、もう帰るだけだし」 「じゃあ、家まで送る。どこ?」 「はあ?」  相手の顔が見えないお陰で、そんなに持っていないはずの僕の勇気や積極性が百倍くらいになっている気がする。乗り掛かった船、というやつだ。こうなったら僕は、彼をおんぶするまでは絶対に動かないぞ。  はあっという深いため息と「……言い出したら、テコでもきかねぇな」という呆れた声が、僕の耳に届いた。少しの間を置いて、温かくて柔らかいものが背中に触れる。細い指先が遠慮がちに肩にかけられたことを確認してから、僕は「よっこらしょ」と立ち上がった。 「どこまで行けばいい? あ、僕はこの辺の人じゃないから詳しく教えてもらえると助かるかも」 「……レインボーのカッパまで」 「わ、偶然! 僕もそっちから来たんだよ」 「…………知ってる」  最後の小さな呟きはよく聞き取れなかったけど、きっと問題ないだろう。この街で唯一はっきりと知っている場所が目的地だった幸運に喜んだ僕は、来た道を戻るために方向転換した。背中に男の子をおぶっているはずなのに、数分前よりも体がずいぶんと軽い。 「アンタ、誰にでもこんなお節介焼いてんの?」 「そんなことはないと思ったんだけど……」  そう。普通なら、こんなことはしていない。ここが少し遠出をしてたどり着いた街だという非日常感にあてられたのか、あるいは会いたい人に会えなかったことの落胆を何かでまぎらわせたかったのか。  もしかしたら、なにか予感がしたのかもしれなかった。この子と、このままお別れしてはいけない、と。  中学生として小学生を放っておいてはいけないと思ったのか。具合の悪い子を放置してはいけないと思ったのか。薄っぺらいスリッパみたいなサンダルで硬いコンクリートを歩かせたくないと思ったのか。理由はたくさんあったけど、そのどれだって構わない。僕は僕の直感や心に従うだけだ。 「……今度は突き落とすなよ、ハルキ」
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