プロローグ

6/7

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
「お、元気に起きてきた。約束を破って遅くまでゲームして遅刻するんじゃないかと思ってたよ」 「メイくんじゃないんだから。平日のゲームは宿題が終わってから。寝る一時間前には終わらせること。でしょ? ちゃんと守ってるよ」 「あっはっは、そうだね。偉いぞ偉いぞ」  手ぐしで直したばかりの髪の毛を、リビングの入り口で待ち構えていたお母さんに一瞬でぐしゃぐしゃにされてしまった。テンションが高い状態のお母さんには、どんなに抗議をしてもまったく通じないということを、僕は今までの短い人生で嫌というほど思い知っている。なので、どれだけ理不尽なことをされても決して文句は言わない。  だからといって、されるがままになっていると、どんどんエスカレートしてしまうから大変だ。「夏樹は本当にかわいいいねえ」と、とろけるような笑顔で抱きしめられて頬ずりまでされるのは、さすがに困る。僕は鼻を鳴らしてなにかが焼ける匂いを確認すると、ちょっとだけ嘘をつくことにした。 「ね、なんだか焦げくさない?」 「えっ? お母さん、まただし巻き卵やっちゃった!?」  慌てて僕を離し、フライパンの前に戻っていくお母さんの背中を見ながら、ふうっと大きな息をはく。  すらっとしていてジーンズがよく似合うお母さんは、見た目はすごくカッコいいのに、中身はちょっとうっかり屋さんだ。今みたいな嘘にも簡単にだまされるくらいには、料理の失敗を重ねてきている。  それでも、頑張り屋でもあるお母さんは、絶対にめげたりしない。ご飯はいつも手作りだし、学校のお弁当だって毎日ちゃんと用意してくれる。デザインのお仕事で忙しいはずなのに「在宅勤務が多いから融通が効くんだよ」って、ウインクしながら笑ってくれる。  そんなお母さんのことが、僕は大好きだ。 「だし巻き卵だいじょうぶだったよ、夏樹!」と、うれしそうに振り返るお母さんに「よかった」と返してから、僕もお手伝いをはじめる。  鮭の塩焼き。フレッシュサラダ。じゃがいもと玉ねぎのお味噌汁。そして、ちゃんとキレイなだし巻き卵。炊き立ての白いご飯が、ツヤツヤと輝いている。けさの食卓も、とってもにぎやかだ。 「いただきます」をしてから、お母さんといろいろな話をする。学校のことやゲームのこと、メイくんのこと。お母さんは、なんてことない話題にも「ふんふん。それでそれで?」とか「メイくんって本当におもしろい子だよね」とか、興味津々で食いついてきてくれるから、話をするのが楽しい。ついつい余計なことまで口に出してしまう。  それでも、ゲームのアバターが僕そっくりの女の子ということだけは、まだ言えないままでいた。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加