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「仕合の件は、ごめんね。僕の厄介ごとに巻き込んじゃったせいで、コロに無理させた」 「いつものことだって言ってんだろ。ハルキのせいじゃねぇよ」 「でも……」 「ああ。それで責任感じて、こんなとこまで探しに来たのか。……だいじょうぶだよ。一度発作が出ると、しばらくは安静にしてなきゃダメってだけ。当然、その間はヒノモトも禁止される」 「そっか。じゃあ、ヒノモトをやめたわけじゃないんだね?」 「うん」  よかった。僕はきっと、コロの口から、その一言が聞きたかったのだ。ずっと胸に詰まっていた石をはき出すように、僕は大きく息をつく。 「……あ! いまさらだけど、ごめんね! 現実世界で約束もなしに会いに来るなんて、マナー違反だよね! それに、あ、僕、実は女の子じゃなくて、でも別にだましてたわけじゃ――!」 「落ち着けって。ハルキなら別にリアルで会ってもいいって言ったよな、俺。それに、ハルキが女の子じゃないことは何となく知ってたし」 「え!?」 「ずっと自分のこと『僕』って言ってただろ。仕草とか話題とかも、あんまり女の子っぽくなかったから、俺はフツーに男友達みたいな感覚で付き合ってた」 「え、そ、そうなんだ……。よ、よかった」 「まさか、見た目がそっくりそのままだとは思ってなかったけどな。いつも自信がなさそうだったけど、意外に自分のこと大好きだったりするの?」  からかうような声が、うなじをくすぐる。心臓に冷たい水をかけられたような気がして、僕はひゅっと息をのんだ。 「……違う。違うよ、そんなことない」  自分のことが大好きだなんて、そんなことは絶対にない。心の中で強く反論した僕に、コロは「ふうん」と短い言葉を返しただけで、それ以上は追求してこなかった。 「……そっちこそ、俺を見てがっかりしたんじゃねぇの?」 「はえ?」  寝耳に水のような言葉に、僕は思わずおかしな声を上げてしまう。がっかり? なにが? 「なんのこと?」 「ヒノモトのコロウと、現実の俺は全然違うだろ。鬼面を被ってサッソウと物怪をなぎ倒すカッコいい歌舞伎役者の中身が、こんなひょろひょろの小学生なんだってわかったら、フツーは幻滅するだろうが」 「じ、自分で、サッソウと、とか、カッコいい、とか言っちゃうあたり、やっぱりキミはホントにコロなんだね……ぷくくく」 「おい、笑うな。どこで本人確認してんだ。ってか、大事なとこはそこじゃねぇし」  げしげしと、背中の男の子が抗議の蹴りをしてくる。「ごめんごめん」と謝ってから、僕はコロを軽く背負い直した。 「がっかりなんかしないよ」 「……そっか」 「うん」 「もういいから、降ろせよ」 「いや、せっかくだし」 「なんだよ、せっかくって」 「いつもヒノモトでは抱えられるばっかりだったから、たまにはそっち側の恥ずかしさというものをコロに知ってもらおうと」 「いらねー」  二人でちょっと笑い合ったあとに訪れる、心地よい沈黙。いつの間にか、周囲から車の音がなくなっていた。代わりに潮の匂いと、海の風が強くなる。このまま見晴らしのいい広い公園に入れば、レインボーのカッパまであと少しだ。
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