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すぐに片手で口元を覆ったけれど、間に合わなかった。覆水は盆に返らない。一度外に飛び出した言葉は、どれだけ後悔しても戻ってはこない。
コロの目元は、鬼面で隠れている。けれど、わかった。傷つけた。僕の言葉が、彼を傷つけた。
相手は自分よりも年上だから、つい子どもみたいな癇癪をぶつけてしまった――そんな言い訳は、もうできない。だって僕は、ちゃんと知っている。誰よりも強い歌舞伎役者の向こう側にいる人が、僕よりもずっと小さくて細い男の子だということを。
「コロ……っ」
まるで天狗のように素早く、コロが身をひるがえして飛び去ってしまった。追いかけて走り出そうとしたけど、二歩三歩と進んだところで足を止める。
どうすればいいのかわからなかった。だって今まで友達とケンカなんかしたことない。それ以前に、これはケンカにすらなってない。僕のただの八つ当たりなんだから。
「みゃあ」
鈴の鳴るような声が、やわらかい毛並みの感触とともに僕の耳をなでる。いつの間にか出てきていた猫又が、立ち尽くしたまま動かない僕の肩に上ってきた。どうしたの? だいじょうぶ? そう優しくなぐさめてくれている気がする。
ゲームの中のデータでしかない猫又でさえ、こんなふうに誰かを気遣えるのに。どうして僕は、大事な友達にあんなひどいことを言ってしまったんだろう。
「……え?」
ふと、違和感を覚えた。
視界の隅に映り込んだステータスウインドウ。そこには僕とコロの名前、そして二人の体力ゲージが表示されている。コロがこの場からいなくなったとしても、まだパーティを組んでいる状態なので、遠く離れたコロの状態を目で確認することができるのだ。それが。
「減ってる……?」
コロの体力ゲージが減っている。いや、増えてもいる。減少と増加を絶えずくり返している。普通に移動しているだけでは、こんな現象は起こらない。――とてつもない強敵と、戦闘でもしないかぎり。
「まさか本当に、ひとりで火車と戦いに行ったんじゃ……」
「にゃあ?」
僕が考えている間にも、コロの体力ゲージは激しく動いている。コロに自分自身を回復する術技は使えない。アイテムを使っていても、このペースならすぐに尽きてしまうだろう。
いまはまだバランスを保っているが、これがだんだん押し負けて体力ゲージが赤くなるようなことになれば死亡――いや、コロの場合は小太郎くんの体調の問題もある。激しい戦闘を長時間続ければ、発作が起きてしまうかもしれない。
「っ!」
瞬時に特コスに着替えた僕は、首にしがみついてきた猫又を片手で抑えながら、火ノ都へ向かって走り出した。
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