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 火ノ都の北側にある麗春祭会場は、お祭りの終盤を迎えてもにぎわっていた。スケジュール後半戦のメインイベントである強敵との戦闘――火車の討伐イベントが解禁したからだろう。  その舞台である六冥館の周辺は、見るからに強そうなアバターたちでひしめている。火車からはレアアイテムがドロップできるので、腕に覚えのある人たちが連日チャレンジに励んでいるらしい。  コロも、その腕に覚えのあるアバターのひとりだ。当然、火車討伐には以前から興味があっただろう。だからコロの提案は、ごく当たり前のことだった。相手が火車でさえなければ、僕だってきっと断ったりしなかった。 「鬼面の奴、火車にソロで挑戦ってマジかよ」 「たしか鬼面って、術技を使うたびに体力を削られる呪いがかかってるんじゃなかった? 火車とは相性悪すぎない?」 「第一段階ならともかく、第二段階の《火傷》のスリップダメージは結構きついからなあ……」  町外れにある、黒いレンガ造りの西洋建築。その重々しい扉を開いて中に入ると、すぐにそんな会話が耳に飛び込んできた。やっぱり、コロはここに来ているんだ。  広々とした吹き抜けの大広間には、巨大なシャンデリアが垂れ下がっていて、真っ黒な壁と床を不気味に照らしている。まるで幽霊屋敷のようだ。オバケは苦手だけど、今は及び腰になっている場合じゃない。早くコロを探さなければ。  この六冥館は、強敵と戦うフィールドへ向かうための門が集まっている場所だ。ボスのいる空間は、そこだけが別の世界のように切り離されているので、門という決まった入り口から入らないとたどり着くことができない。ひとつの世界に、一体の火車。それをひとつのパーティで討伐するのだ。その門が六つ、この六冥館に並べられている。 「すみません、ちょっと失礼します! 鬼の面を被った歌舞伎役者って、どこの扉に入りました?」 「ああ、鬼面なら右から二つ目だ。でもパーティメンバー以外は参加禁止の設定にしてるらしいから、飛び入りはできないよ。実質ソロみたいだ」 「ありがとうございます!」  まさか僕が、その鬼面のパーティメンバーだとは夢にも思わないだろう。親切な軍人さんに一礼してから、教えてもらった扉の前に立つ。まるで暖炉のようにがっしりとした、おどろおどろしい門だ。上部に設置してあるプレート型のウインドウに、中に入っているアバターの名前が表示されている。そこに探し人を見つけると、僕は扉に向かって両手を伸ばした。 「く……っ」  腕にかかる重い手応えと、地面を引きずる鈍い音。パーティメンバー以外には開かれない扉を全開にすれば、真っ黒の闇が姿を現した。この先にコロがいる。たったひとりで戦っている。――迷っている時間なんてない。  特コスを解除して、大きく深呼吸。「みゃあ」と、のんきに鳴く猫又を軽く撫でてから、僕は黒い世界へ飛び込んだ。
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