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「……ふ、う、……うぇ、う、うう」  とうとう我慢ができなくなって、僕はしゃくりあげてしまう。袖からのぞいた白い両腕のありとあらゆる面を使って拭っても、とても間に合わない。  赤ちゃんみたいだ。死んじゃいたいほど恥ずかしい。でもそんな僕を見て、コロは声を上げてうれしそうに笑ってくれる。 「夏樹、ほら早く来て。俺、マジでそろそろやばい」 「う、うぇ、だから、早くログひっく、アウト……すれば、う、いいじゃんっ」 「夏樹が来るまでしませーん」  座り込んだまま動かないコロは、きっと苦しいはずなのに。それでも、僕が来るのを待っていてくれている。僕が来ることを信じてくれている。 「……祓え給い、清め給え」  涙混じりの声でも、術技は発動してくれた。僕は根っこが生えたように動かなくなっていた足を、地面から無理やり引きはがす。周囲に光の文字をまといながら、炎の熱気を感じながら、車輪の回る音を聞きながら、コロに向けて一歩を踏み出す。 「神ながら守り給い、幸え給え」  涙でぐしゃぐしゃになった顔を、猫又がぺろぺろと舐めてくれる。その優しさに、また新しい涙がこぼれてしまった。 「いにしへの、奈良の都の、八重桜」  トラックを連想させるくらい大きな車輪が目の前を横切っていっても、立ち止まったりしない。押しつぶされそうな圧迫感と戦いながら、ゆっくりとコロに近づく。 「けふ九重に、にほひぬるかな」  脳の奥が白く点滅する。雨の匂い。急ブレーキの音。強く柔らかい衝撃。  そんな冷たい記憶を全部ぐっと奥歯でかみしめて、僕は顔を上げる。コロの笑顔が、すぐ近くにある。 「――百華祝詞 《八重桜》」 「みゃあん」  術技の効果が発動すると同時に、猫又が鳴いた。猫又の持つ《幸運》という特性のお陰で、僕の回復の効果が二倍にも三倍にもふくれ上がる。コロを優しく包んでいた淡い光がまぶしいほどに輝き、小さな桜の花が大輪となって咲き乱れる。僕の今の術技のレベルでは考えられないほどの豪華なエフェクトだ。 「ハハ! やるじゃん、ハルキ!」  真っ赤だった体力ゲージが一気に全開まで回復するやいなや、コロは跳ね起きて僕にハイタッチを要求した。現実世界でも滅多にやらない動作に戸惑いながらも、その大きな手に僕の小さくて白い手を音を立ててぶつけてやる。
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