木偶坊豪慶

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「まだ朝の6時ですよね。」 村崎の声だ。 武藤沙耶香は奇妙な感覚に苦しんでいる。 夢の中で夢から目覚めた。 あのいやらしいストーカー、田中が私を… そのあとに見た夢 思い出すだけで鳥肌が立つ。 (たすく…) なんでそんな気持ち悪い夢を見てしまったのだろうか。 (まだ、夢の中なの?) ゆっくりと動き続ける幾何学模様。 モノクロの世界。 四角形、三角形、五角形、あらゆる多角形が連なり、息をする様に大きくなったり、小さくなったり、白から黒までの全ての灰色を含んだ世界。 呼吸する幾何学模様の世界で、 沙耶香は時に傍観者で、時に観察者でもあった。 (何処?) (たすく) 「刑事さんみたい。正解です。」 また村崎の声だ。 (沙織さん!助けて!) 頭の中で叫ぶ。 身体はまったく動かない。 まぶたや唇すら動かせない。 (く、臭い…姿は見えないが、まだアイツがそばにいる。) (たすく) 「…マカロシャダ ソワタヤ …ラタ カンマン ノウマク …マンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソ…ヤ ウンタラタ カ…マン」 (ん?豪慶さんの声?小さくて良く聞き取れない。) 少しずつ明るくなる幾何学模様の世界。 「あー、力田さん、大西さんだ。おはよう。いい時に来たじゃん。お腹が空いちゃってさ。朝ごはん買って来たのよ。」 (東條由樹ちゃんの声だ。お蔵の二人もいるの?) (助けて) 「あら、いやだ。沙耶香の分も一緒ですよ〜。すぐに目を覚ましますから…」 (母さんの声だ、母さん、母さん、おかあちゃん!私はここにいるのよ。助けて!) 明るさと赤みを増す幾何学模様の世界は激しく動き続ける。 それでも… 武藤沙耶香の意思とは別に、武藤沙耶香の身体は、まるで何者かに囚われているかの様に、まったく動かなかった。
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