第一章  翔之介・IN・ハワイ

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 その時になって彼はやっと、この異国の姫にどうしようもないほど心を奪われている事に気が付いた。  それは一瞬の決断だった。  姫を抱き上げると、礼拝堂に運び込んだ。  松戸氏はキリシタン大名だ。城には礼拝堂があり、マリア像が祀られている。  「姫よ、永遠の愛を誓おう」  ベルトランが胸から下げているロザリオをはずすと、姫の胸にかけた。  「永遠に」、姫に口づけをする。  「姫も、ベルトランに永遠の愛を誓う」、姫がハッキリと宣言した。  「これで我らは夫婦、死ぬも生きるも一緒だ」、強く抱き寄せると、濃厚な口づけをする。初めての男女の営みの入り口に立ち、姫の身体が震えた。  ベルトランには、姫が死を覚悟しているのが手に取るようにわかる。松戸氏はキリシタンだが、攻め入って来た日野氏は排他的な仏教徒だ。  生きて捕まれば、どのような苛酷な刑に処されるか解ったものではない。それ故に、自害を禁じているキリシタンではあるが、近侍する侍に「我が命を絶て」と、命じてあるに違いないのだ。  「来世で必ずやめぐり逢おう」、その時を約して互いの胸を刃で貫く。愛しい姫を、他の者の手にはかけさせぬと決めている。  だがその時が、思いもかけぬ速さで訪れてしまった。二人がまだ礼拝堂にいるうちに、日野氏が猛攻を開始したのである。城のあちこちから火の手が上がり、やがて礼拝堂に燃え移った。  「姫、いざ参る」  ベルトランが剣の鞘を払うのと、姫が懐剣を抜くのが同時だった。  互いの胸に剣の切っ先を当てると、微笑み合った。姫の嬉しそうな笑みが、ベルトランの心に焼き付く。  「必ずや潔い身体で、再びベルトランの側に戻ると誓う」、低く囁くと握った懐剣に力を込めた。  燃え落ちる礼拝堂の中で・・姫の胸をベルトランの剣が貫き、ベルトランの胸に姫の懐剣が深く刺し込まれる。  ベルトランは消えゆく命の最後の力を振り絞ると。姫の身体を引き寄せ、シッカリと胸に抱え込む。やがて蛇の舌のように礼拝堂を這いのぼる紅蓮の炎に呑まれ、ベルトランの記憶が途絶えた。  震えるような溜息をついて、翔之介は目覚めた。  ユキの身体を強く引き寄せる。  髪に顔を埋めると、ユキのぬくもりを確認するように掻き抱いた。  「僕はいったい、何をくよくよ迷っていたんだ」、不意に迷いが吹っ切れた。三十三歳の齢の差がなんだと言うのだろう。
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