第二章  宇宙にひろがる☆絶対零度

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 その隙をつき。魔女の魂が放った思念の触手が、くちゃくちゃに丸めて放り込まれていた検非違使の祐親の魂を、養生カプセルのヒビの隙間から引き摺り出したのである。  スルスルッと天界の門から滲み出た魔女の魂は、下界に向かって触手に祐親の魂を掴んたまま、雲の間を縫って急降下していくと。やがて、しゅぽッと。地底洞窟の穴の中に吸い込まれて消えた。  「さすがは魔界の住人。物知りだな」、魔女は意識を取り戻すと、微笑みを浮かべながら呟いたのである。  魔界の住人に聞いたところでは、養生カプセルと言うのは汚い魂や、悪い魂を洗浄する洗濯機のようなモノで。中には魂用の洗浄液が詰まっているのだそうな。  それが漏れ出ると、下界に大変な迷惑が掛るのだとか。化学反応を起こして、分厚い積乱雲の塊が出来ると言う事だった。それが大量の水を下界にまき散らす。  これは地獄に罪人の魂を運び込む役目の、異物のような扱いを受けている黒い装束の死神から聞いた話なのだそうで。  「俺達だってよぉ、神様の端くれだって言うのに。いっつもコンナ汚れ仕事ばっかりさせやがってよぉッ」と、魔界の住人を相手に文句タラタラで愚痴ったらしい。  ソコを見越して、呪術師のボスが企んだ大脱走計画だったのである。  「成功だ。撤収する!」  速やかに魔法陣を消去、乳香の煙が立ち昇る穴も土で埋め戻した。  祐親の魂を無造作に、まるでカエルか蛇のように山に放置すると。十億円と共に呪術師集団は、霞のように姿を消したのだった。  祐親の魂は暫く茫然としていたが。  一目散で山を駆け下りると、意識不明の番頭の身体に向かって韃靼(ダッタン)人の矢のように飛んで行った。  その日の午後。  殆ど一か月の間。意識不明の植物人間だった番頭の手が、微かに動いた。長く使っていなかった筋肉は弛緩し切っていて、それ以上動かなかったのだ。  やがて薄く目を開くと、微かに美登里奥様の名前を呼んだ。急いで看護士が駆け付け、担当医を呼ぶ。  病院の中が俄かに忙しくなり、美登里奥様のスマホが光った。  「もしもし」、病院からの連絡に、美登里奥様の声が震える。  「患者さんが意識を取り戻されました。奥様の名前を呼んでます」、耳に流れ込む看護師の声が、天使のささやきに聞こえた。  「十億円でも安い買い物だったわ」、嬉し涙がこぼれ落ちる。実家は没落の危機を脱したのだ。  「伊豆明久ッ、首を洗って待ってなさい。今に眼にモノを見せて遣るから」、決意の言葉があふれ出た。
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