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弟の声は、音声通話で聞いていたのと違ったように聞こえた。
「姉、いきなりだけど、もう実家に戻らない方がいいんじゃないかな」
私は思わず、「何を言ってるの」と、声を上げた。本心ではなかった。
「聞いてくれ。葬式の時に分かっただろう。いや、ずっと前から分かっていたはず。母さんと姉は、一緒にいない方がいいんだ」
たしかに私が思っていたことだけれど、自分の心の声ではなく、耳から聞くと「やはりそうだったのか」と強く納得するものがあった。
「最初におかしいと思ったのは、小学校の同級生がうちに遊びにきた時だった。『タクマの姉ちゃん、キレイだな』と言われて嬉しかった。母さんにも話した」
私には、覚えのないことだった。
「その日、姉は母さんに叱られた。どこにも理由なんて見当たらなかった」
「シット モシクハ トシン、ト イウ ワード ガ ミツカリマシタ」
SIGの声が朗らかに響いた。
「黙っていろ、SIG」
この会話も、記録された音声なのだろうか。そもそも弟はいつ、こんな伝言を吹き込んでいたのか。私にはもう、何が何だか分からなくなっていた。
「はっきり分かったのは、俺にカノジョが出来た時のことだった。家に呼ぶ女の子には、母さんは優しく接してくれたよ。姉に向かって話す時の口調は、いつだって厳しいのに」
弟が息継ぎをする、短い間があった。
「SIGの検索どおりだ。母さんは姉に嫉妬しているんだよ」
「弟、それはもう、いいんだ。私は家を出たんだし、たぶん帰らないから」
まるでため息のような音が、スピーカーから漏れた。
「俺のせいで、こないだは姉に嫌な思いをさせた。すまなかったな。母さんは気まぐれで、『帰ってきておくれ』なんて言うかも知れないけど、無視した方がいい」
「分かった。弟の言うとおりにする」
「用件はそれだけだ。じゃあな、姉。達者で暮らせよ」
声を上げる間もなく、SIGが音声を放った。
「ナニカ ゴヨウ デ ショウカ」
「タクマはどうしたの」
「モウ、ココ ニ ハ イマセン」
私は机の上に身を乗り出した。目から涙がひとしずく、スマフォの暗い画面に落ちた。そこから波紋のように、光の輪が外側へと広がっていった。
「どこに行ったか分かる?」
「スミマセン。ヨク ワカリマセン」
「ちゃんと検索しなさい」
「……カクジツセイ ノ ヒクイ ジョウホウ デス ガ、ユウカ サン ガ ワスレ ナケレバ、ドコニモ イカナイ ソウデス」
私は曲げた人差し指の関節で、目頭を拭った。
「テ デ、メ ヲ コスッテ ハ イケマセン。ヤワラカイ……」
「柔らかい布か、ティッシュを当てて、吸い取る方がいい」
弟も、同じことを言っていた。タクマはまだ、ここにいるのだ。
「SIG、私が話しかけるまで、黙っていて」
私は声を上げて泣いた。涙の粒がいくつも、スマートフォンに向かって落ちたけれど、画面は暗いままだった。濡れたガラスが、弟によく似た泣き顔をぼんやりと映していた。
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