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私はカバーもなく、表面保護フィルムさえも貼られていないスマートフォンを机に置いた。充電ケーブルの端子を繋ぐと、瀕死状態のバッテリー・アイコンに、雷マークが表示されるのを見てほっとする。
弟のタクマがいなくなって、3か月が経つ。今になって突然、姉の私のところにスマートフォンが一台、送られてきた。自ら「キカイに疎い」とのたまう母親の仕業だった。
包みを開けると、時候の挨拶にいつもの愚痴などが記された便箋がはらりと落ちた。ほかには緩衝材がわりの新聞紙でぐるぐる巻きにした、本体だけが入っていた。
「……追伸。タクマのスマホです。私は開き方が分からないので、仲のよかったお姉ちゃんが持っていなさい。中にタクマのいい写真があったら送って」
いちばんのお願いを追伸の最後に、あくまでついでのように書いて寄越すところは、ひねくれ者の母らしかった。私は手紙を丸め、剥がした宛名ラベルと破けた新聞紙といっしょに小包の袋に放り込んだ。
「中を覗かれる心配がなくなって、よかったじゃない」
子どもたちに遠慮がちな父と違って、母は日記でも手紙でも勝手に読んでは口を出すタイプだった。弟だって社会人なのだから、母親には知られたくない秘密のひとつやふたつは抱えていただろう。
「そうでしょ? タクマ」
スマフォの画面が、「ピ」という音とともに灯り、オーロラのごとき模様を映し出した。
「ワタクシ ハ、SIG デス。タクマ ハ ワタクシ ノ オーナー デス」
思わず画面を覗き込んだ。たった今、音声で行ったやりとりと同じ文面が下端に表示されていた。中央には多彩なスペクトル放つ光の点が、「次の音声入力を待っています」といった風に明滅していた。
スマフォのアシスタント・アプリが、このような――所有者によるロック解除なしで起動する――機能を持っていただろうか。
私は無意識に椅子から立ち上がると、キッチンへ向かった。これはコーヒーを片手に、じっくり取り組むべき問題だと思ったからだ。
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