私の好きな人

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私の好きな人

   外はもう、すっかり夏の陽気になっていて、まだ朝なのに日差しが眩しい。  そろそろ、夏休みに突入するが8月がどれだけ暑くなるのか心配だ。  教室の窓から見える道路に、夏祭りに向けて飾られた提灯はいつもの通学路が少し華やかに見えた。  夏休み三日前の昼休み、クラスの話は夏祭りと夏休みのことで溢れかえっている。  そんな中、五十嵐杏莉(いがらしあんり)は自分の席である窓側の一番後ろの席で独りで黙々と本を読んでいた。  私は桜ヶ丘(さくらがおか)高校に通っている高校1年生。  いつもは独りでよく読書をしている。  寂しくないのかと聞かれると、そうでもない。  ただ、本を読んでいるのが好きだし、だからと言って誰も話しかけてくれないっていうことでもない。  男子たちの笑い声が聞こえる。  私はそっと、本を閉じてその様子を目で追った。  その男子の集団の中に、太陽に負けないぐらいに笑っている男子に目が行く。  あの男子は……来栖颯太(くるすそうた)。  クラスの中でもムードーメーカー的な存在でいつもクラスの中心にいる。  運動神経が抜群でいろんなスポーツを楽しむために部活は入っていないが、その代わりに助っ人としてよく運動部に呼ばれている。  それに、勉強も得意でこの前のテストでは全教科で学年トップ10入りを果たしていて、その時はかなり話題になった。  そして、なんと言っても一番良いところはこの眩しいぐらいの笑顔だ。  その笑顔は時々、見せてくれてGW後に行った席替えで隣になったときに、初めて私に見せてくれた。  その後も段々と話が弾むにつれて、私は来栖くんのことを好きになってしまった。  でも、その気持ちは来栖くんには伝えないって決めている。  来栖くんは外見も中身もいいので、男子には勿論、女子にも人気がある。  私はその光景を静かに見ているのが、自分にとっても来栖くんにとっても一番良いと思っている。 「ちょっとちょっと〜、杏ちゃん。また颯太のこと、見てるの?」  視界に急に現れて少し驚く。  私が無意識に瞬きをすると、その女子は微笑んだ。  彼女は水無瀬結(みなせゆい)。  私によく話しかけてきてくれて、来栖くんとは幼馴染。  だから、私が来栖くんのことが好きだっていうのがバレてから色々と聞かれたりおしえてくれたりする。  まぁ、色々な情報が聞けるから聞かれるのも嫌ではないけど。 「……別に。それで、どうしたの?」 「いや〜、杏ちゃんって颯太のこと、夏祭りに誘わないのかな〜って。そろそろ夏祭りでしょ? 花火も打ち上がるから一緒に行かないのかなって」  結が言ってるのは桜ヶ丘(さくらがおか)夏祭り。  夏休みの初日に学校の近くにある広場をメインエリアとして、そこを中心に屋台が開かれる。  夏祭りの目玉はやっぱり花火。  毎年、盛大な花火が打ち上がって、とても綺麗だということを覚えている。  来栖くんと夏祭りか……。  行ってみたいっていう気持ちはある。  けど、来栖くんは人気だからもう男子たちと一緒に見る約束をしているだろう。 「今から聞いてもなぁ……。もう約束している人がいると思うし」 「もっー! そうやって奥手だからいつまで経っても一歩も近づけないんでしょ!?」 「声が大きい……! それにべ、別に近づきたい訳じゃないし……」 「でも、仲良くなりたいでしょ?」 「うっ……」  ぐうの音も出ない……。  結は私の恋を理解してくれてるし、応援もしてくれてる。  でも、それだからか私の考えを時々、読まれてしまう。  結は元々、勘が鋭いしなぁ。 「そうと決まれば、聞いてみたらいいんじゃない? こう、さりげなーく聞いてみてさ。ダメだったらダメであたしと一緒に行こうよ。颯太も行かないわけじゃ無いと思うし、もしかしたらばったり会うかもよ?」  結がフッと微笑む。  まぁ、聞いてみるぐらいなら……いいかな? 「うん、わかった。そうしてみる」  私がそう言うと、結はまた微笑んだ。  キーンコーンカーンコーン  昼休みが終わるチャイムが鳴る。  自分の席から立っていたクラスメイトは友達に別れを告げながら自分の席へと戻る。  私の隣の席にも来栖くんが戻ってきた。  先生は……まだ来てない。  先生が来るまでなら、少し話せるかな?  さっき、聞いてみるって言っちゃったし、来栖くんに夏祭りのことについて聞いてみようかな。 「ねぇ、来栖くん」  私が話しかけると、来栖くんは持っていた教科書を机の上に置いてこちらを向いてくれた。  教科書を準備してたみたいだし、やっぱりやめておいたほうが良かったのかな?  でも、ここでなんでも無いっていうのも不自然だよね。  ここまで来たんだしとにかく、聞いて見なくちゃ! 「もうそろそろ、夏祭りだね」 「……? そうだな、またあの景色が見られると思うとワクワクする」  来栖くんは不思議そうに首をかしげてから懐かしそうな顔をする。  多分、前の花火のことを思い出しているのだろう。  あぁ、でも今、不思議そうな顔をしてたよね!?  聞き方、間違えちゃったかな!?  あっ、えーっと……とにかく次、言わなきゃ! 「来栖くんって、誰かと一緒に花火、見たりするの?」 「……あぁ。今年は小学校の頃の同級生と見に行く予定なんだ」  ……結局、ダメか。  だいたい、予想がついてたけど。  でも、ちょっと待って。  小学校の同級生って、もしかして―― 「結たち?」 「いや、結じゃないよ。そういう五十嵐さんこそ結と一緒に行かないの?」 「えっ? うん、行く予定だけど……」  ……結が来栖くんと一緒に行かないっていうことを聞いて少し安心した。  結が嘘をついてるって考えると、なんだか怖いから。 「そっか。あっ、でも小学校の同級生たちは俺の親以外、みんな屋台をやるらしいから手伝いとかやらされるかもな。去年なんかは小学校の同級生の親がやってた焼きそば屋の焼きそばがここぞって言うときに無くなっちゃって。……猛ダッシュで買いに行った」 「……それは大変だったね」 「あぁ、花火はギリギリ見えたけどそれにしても大変だった。今年も楽しみだなぁ。でも――」  ガラッ  先生がチャイムから少し遅れて、教室に入ってくる。  さっきまで小さい声で喋っていたクラスメイトも一気に静かになった。  さっき、来栖くんが何か言い掛けてたけど何だったんだろう?  大したことじゃないといいけど。  ちょっとした疑問を残しながら私はノートを開いて、シャーペンをノックした。
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