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元々口数の少ない人だった。
決して甘い言葉を囁くような人ではないし、街中で手を繋ぐようなこともしない。
斎藤賢治とは、三年間の交際を経て五年前に結婚した。
塔子の馴染みの居酒屋で、隣の席に居合わせた賢治に声をかけたのが始まりだった。
「食の好みが一緒みたいですね」
「え?」
突然声を掛けられ驚いた様子の賢治だったが、塔子のテーブルを見て表情を緩めた。
「へえ、女の子なのに渋いね」
枝豆、焼きなす、塩炒り銀杏、ブリカマの塩焼きに牛スジ煮込み――二人のテーブルに並ぶ料理が、全く同じものだったのだ。
その日を境に、賢治と店でよく顔を合わせるようになった。
「一緒に食べませんか?」と声を掛けたのも、「今度どこか連れて行ってください」とデートに誘ったのも、塔子の方からだった。そして二ヶ月後に交際が始まった。
付き合う前から、賢治がかなりシャイな性格だということには気付いていた。
「好きだ」と言われたのはたった一度、交際を申し込まれた時だけだった。プロポーズの言葉も「結婚しよう」とひとこと、賢治らしいものだった。
賢治は干渉も束縛もしない。それが時に無関心のようにも思えたが、それが賢治という人間なんだと、塔子は受け入れた。
それでも朝と夜は必ず一緒に食事をし、そしてひとつのベッドで一緒に眠る。それは結婚してから変わっていない。
それと、もうひとつは――
身体の相性が非常にいいということだ。
賢治と初めてひとつになった時、鳥肌が立つような快感と幸福感に満たされた。賢治もそう感じていたのか、互いに求め合い、数えきれない程身体を重ねた。それは、交際から八年経った今も変わっていない。
口数の少ない賢治の唯一の愛情表現なのだろうと、塔子は感じていた。
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