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取り出したハンカチで俺の下半身を綺麗に拭ってから畳んだ反対側で自分の手と口元を拭いてる(うげげ……)相手にそう言う。
「今日も美味でした」
澄まし顔でシャラリと返してくる男前な美貌に一瞬ドキッと俺の心臓が跳ねた。
普段は怜悧な印象の切長な目は隠すように前髪をカーテンみたいに垂れした上にダッサイ黒縁メガネをかけてるから、こいつがこんなにフェロモン出まくりのヤバかっこいいイケメンだってことは多分俺以外知らないんじゃないか?
クラスの女子の間じゃ、「確かに若いけど、服も雰囲気もクソだっさい」って烙印押されてるもん。
そんなことつらつら考えてる間も、相手は脱力して動けないでいる俺のスカートを拾ってきて履かせてくれて、乱れた俺の髪を両手で撫でつけて、唇にはリップまで塗ってくれてと甲斐甲斐しい。
至近距離で見る切長の目を縁取るまつ毛が意外に長くて目の下に影を落としてることにドキッとしてしまったりなんかして。
瞳の色、マジで真っ黒なんだよなー。
そこにこの空き教室の締め切ったカーテンのほんの少しの隙間から入る春の日差しがキラキラとまるで星みたいに綺麗なんだ。
吸い込まれるような錯覚にくらりとして軽く頭を左右に振っていると、
「どうしました?」
って、長い指が俺の顎を捉えてきた。
そんなふうにされたら、目線を受け止めるしかないじゃないかっ。
案の定、コイツの黒い瞳が俺の視神経を射抜いてきた。
脳髄の奥の奥まで見通されるよな真空の闇。
「!」
(ヤバい。マジで吸い込まれる……)
かぁぁっと顔に熱が集中するのを自覚して、慌てた俺は早口で弁明した。
「見惚れてるわけじゃねぇから。ムカついてるンだかんな!」
そしたら目をまん丸にしたコイツがいきなりぷっと噴き出すから、俺は慌てて飛びついて、両手でコイツの口を塞がなくちゃならなかった。
——もし外に誰かいて、俺たちが昼休みに空き教室でいかがわしいことシてたってバレたらどうすんだよっ。
おかげで一瞬だったけど抱きつき押し倒す格好になってしまった。
そしたら調子に乗って腰の辺りを撫でてくるから慌てて離れて距離を取った。
そんな俺に、コイツは適当に畳んだハンカチを尻ポケットに戻しながら、
「懐いてくれたかと思ったのに、残念」
と言ってくる。
そしてバチッと音が出そうなウインク。
気障ったらしい奴!
俺はベェーと舌を出した。
「……いつも思うんだけどさ、そのハンカチ捨てないの? 俺の……まみれのソレ。尻ポケットに畳んだそのハンカチを入れて午後の授業するの、どうかと思うぞ」
「ん? それは、気になって授業に集中できないと言いたいのですか」
おかしくね? 何か問題でも? って言いたげなその反応っ。
俺はモジモジしながら、ちろっと相手を睨んだ。
「だって、匂いとかしないのかよ」
「匂ってみます?」
そう言って俺の目の前にハンカチをぶら下げてくるから、反射的に顔を背けてしまう。
「ゲェッ。バカか。誰が自分のなんか嗅ぎたいかよっ」
「ふふっ。まあ、良いでしょう。せっかくおとなしくなったムスコさんがまた元気になってしまっては、私がなだめた意味がなくなってしまいますからね。今日からは胸ポケットに、こうやって……しまっておくことにしましょう」
それを見ながら。
理由もキッカケも全然わからないんだけど、俺の身体に異変が起こった入学式当日のことを俺は思い出していた……。
*
俺が入学したこの私立小葉学園は今年から男女共学になった学校でさ。
今年入学した男子五人以外はぜーんぶ女。教師以外はね。
実はこの学校を経営しているのは俺の叔母にあたる人で。俺はその人に泣きついて男であることを隠して女として入学式に出席していたんだ。
入学式に参加してまず思ったことは……。
(クッセェ! マジ女臭ぇ!)
ってこと。
よく、男は汗臭いとか言われるけどさー。
女が集まるとなんとも言えない臭気が立ち込めるんだなってあの時知ったよ。
別に、香水臭いとかじゃないんだ。学生だし、まさか学校に香水つけてくる生徒なんかいないって。
どう言えばいいんだろ……とにかく女の臭いとしか言いようがない。
それに当てられて気分が悪くなった俺は、入学式会場から一旦外に出させてもらって、教えてもらった保健室に向かって歩いてたんだ。
その時に俺に付き添ってくれたのがコイツ。
俺のクラスの副担任の高藤洸哉センセイ。
歩いていたら、隣を歩くセンセイからフワッと何か甘い香りが漂った気がして、
(ん?)
と顔を振ったのがいけなかった。
くらり、と言う眩暈と共に俺の身体は高藤センセイの胸の中に抱え込まれていたんだ。
センセイが咄嗟に俺を抱き止めてくれて、そうなっちゃったんだけど……。
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