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外の雨はものすごい降りで、ワイパーをガンガンに動かしても見えるのは前の車のバックライトの明かりって感じでさ。
「ウワッ。雨やばっ。こんなんで運転できんの」
「大丈夫ですよ。エンジンに水が入らなければ車は動きますから」
「それ、車水没してない? 俺嫌だなー……お前と心中すんの。一緒に死んでたらこの二人、どう言う関係だったんだ? って、めっちゃ詮索されんじゃん」
「気にすることないじゃないですか。というか、死んでしまえば、気にすることからしてそもそも出来ない」
「生徒と先生だぞ。ダメじゃん。しかも俺、男だし」
「ま、確かに。色々とダメではあります」
「……ね、センセイ。俺が無事学校卒業したら、他の子に手ェ出したりする?」
「は?」
「躊躇なさそうだもん」
「は?」
「イケナイことすることに対して」
俺はわざと軽い感じで言った。
くだらない軽口をダラダラたたいたのは、雨の凄まじさに恐怖を感じて顔がこわばっていることを悟られたくない強がりだったんだけど。
「……」
返事を返してこなくなった高藤の横顔をチラッと見る。
長い前髪のせいで何を考えているのかよく分からない。
忙しなく左右に動くワイパーの音ばかりが狭い車内に響く。
そのうち、俺たちが乗る車はでかいタワーマンションの駐車場に吸い込まれるように入って行き、雨の世界からすっかり切り取られた。今度はコンクリと駐車された車の列が不気味で体がすくむ。
「ほら、着きましたよ」
腹の底から湧き上がってくるのが不安なのかためらいなのか……。
自分でも分からないないまま、
「う、ウン」
と俺は頷き、車を降りたんだ。
*
翌朝、目が覚めた俺は股間の違和感に飛び上がるくらいに驚いた。
実際に飛び上がらなかったのは、俺の上には高藤が乗っかっていて身動きが取れなかったからだった。
高藤の舌が俺のペニスにしつこく絡みついてくる。
パニクって目をパチパチさせていつも見上げるのとは違う天井に、
(あぁ。高藤の部屋に泊まったんだった)
と自分がここにいる理由を思い出していたら、喉の奥まで引き込まれた。何が? って、俺のナニが。
追い立てるように口全体と喉を使って扱かれる。
普段の俺ならたまらず射精していただろう。
でもなぜかそうならなかった。
急にブワッと湧き上がった嫌悪感に、俺は自分でもよく分からないまま、覆いかぶさる高藤の腹を蹴り上げてベッドから飛び降りた。
壁まで走って床に転がっていたタオルケットを拾って体に巻きつける。
蹴られた方の高藤は腹を押さえて咳き込み、ベッドの上から俺を見た。
蹴り返されるか殴られるかするだろ……そう覚悟して、俺は歯を食いしばり腹筋に力を溜めた。
朝イチでの腹パン(パンじゃなくてキックか)だもんな。
俺なら腹を立てる。
でも高藤は反撃してこなかった。
ただ、俺のことをじぃっと見てくしゃりと顔を歪めると、仰向けに転がった。
壁に張り付く俺と、大の字でベッドに寝転がる高藤。
その時急にベッドサイドに置かれていた置き時計がけたたましく電子音を鳴り響かせた。
俺はその音にビクッとなって、その場に丸まるようにしゃがみ込んだ。
「驚かせてすみません。五時に起きられるようにアラームをセットしていたので」
高藤が時計の上のあたりをポンと叩くとアラーム音が止まる。
寝高藤の声は少ししゃがれていた。
「断っとくけど……謝る気はない」
「いえ、私が悪かったので」
「……だな」
巻きつけていたタオルケットがずり落ちそうになるのを両手で押さえながら相槌を打つ。
剥き出しの肩や二の腕に高藤の視線がまとわりついてきて胸の奥がざわざわする。
「警戒してます?」
体を起こしてベッドにあぐらをかいた高藤が、はらりと目にかぶさる前髪をかきあげながら聞いてきた。
カッコいいけど……全裸なのが目のやり場に困る。
俺が無言で目を伏せると、
「すみませんでした」
と高藤がやけに深刻な声で謝ってきた。
「朝立ちしていたキミを見たら我慢が効きませんでした。同意なしに触るのはどう考えてもルール違反です。万死に値します」
真面目で真摯な感じでそう言われると……俺の胸の中に立ち込めていたドス黒い嫌悪感のモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。
「……そんなルール、いつ決めたっけ?」
ちょっとだけ顔を上げて俺が聞くと。高藤は難しい顔で、
「常識です」
と答えてくる。
反省しているみたいなので、俺はとりあえず高藤を許すことにした。
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