2 さざなみと、合わせ鏡の教室

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 中学三年から「合格祈願」と称して伸ばしていた髪は背中までの長さになっている。  もともと女顔だからさ。体も華奢な方だし、身なりを整えて胸に詰め物を入れればそれなりな女子高生の出来上がり。  あ、詰め物はこれから蒸し暑くなるから、プチプチからタオルに変えた。  俺としては張り感に物足りなさを感じけど仕方ない。汗で汗疹になるよりはマシ。いや、本当のこと言っちゃうと、高藤に胸のほうまで刺激されるようになってからその行為の後、ブラにプチプチをつっこむとそれだけで感じちゃうっていうか……押し潰される感じが……っ。  胸のことを考えたら、身体中にキスされ、甘噛みされイキまくった昨日の夜を頭に思い浮かべてしまって顔が熱くなる。  頭がくらくらしてきてたまらずベッドの端に腰掛けた。  今度はそのふかふかな感触に、 (明らかに一線を超えちゃったよな……) と、妙な実感が胸に迫ってきて、なんつーかソワソワとしたいたたまれなさに俺は身をよじった。  だって、センセイと一晩を共にしてしまった。  これまでだって、学校であんなことやこんなこと……イケナイことしてきたけど、さらにもう一段生徒と先生の踏み外しちゃいけないラインを踏み越えてしまった感がハンパない。  中学の頃は性欲とは距離を置いていたはずなのに、キモチ良くなることへの好奇心が止められない。 (はぁ……)  どうしちゃったの……俺。  きゃーっ、と叫びたい気持ちを飲み込んで、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしっていたら、 「どうしたんです?」 と、降ってきた魅惑の低音ボイス。 シャワーを済ませた高藤がTシャツにスウェット姿でこっちを見下ろしていた。  長い前髪をヘアバンドで止めているので漆黒の瞳が直に俺を射抜いてくる。 (やば……っ、カッコイイ)  思わず胸を押さえて俯いた。  高藤がしゃがんで俺に顔を近づけてくる。  ドキっとしたけど、なんとなく雰囲気に飲まれていた俺は素直に顔を上向かせた。  軽く目を閉じて高藤を迎え入れるように口を半開きにし……。 「何、朝からだらしない顔をしてるんですか」  ペチ、と何か薄いペラペラしたもので額をはたかれた。 「……って。なんだよ」 と目を開けると、高藤の指に挟まれひらひらされている白い封筒が目に入った。 「あっ、それ昨日俺の下駄箱に入ってたやつ」  俺が手を伸ばすと、高藤がサッと封筒を持つ手を上に上げてしまう。  俺は慌てて立ち上がって高藤に飛びついた。 「ちょ、いつの間に盗ったんだよ」 逃げるように立ち上がった高藤が、 「盗ったんではなく、落ちていたから拾ったんです。ふむ。ラブレターでしょうか。志信くんも隅に置けませんね」 と言ってくる。  高藤は背が高い。悔しいけど俺より多分二十センチは高い。  跳び上がって手を伸ばすけどなかなか手が届かないんだ。 「くっそ。なんでそんなに背が高いわけっ」 「ふ、積極的ですね。一生懸命で」 「返せよぉ」 と揉み合っていたら、勢い余った俺は高藤をベッドに押し倒してしまっていた。 「あ」 と反射的に立ちあがろうとした俺の腰に高藤の腕が巻きつく。  もう片方の手が俺の後頭部にまわり……。  ちゅ、って。 (チューって……!)  さっきは不発だったけど、今度はまごうことなく俺のファーストキス!  脳内にいる俺(の分身)がキャアキャア言いながら走り回っている。  そんな幻視からハッと我に帰ったら、もう俺と高藤の体は離れていて、体を起こした高藤は封筒から出した便箋を開いて読んでいた。 「……勝手に人の手紙見るなよぉ」  本当は飛びついて取り上げるいいチャンスだったんだけど、キスで甘くとろけた俺は力なくぼやくことしかできない。  そう、たかがフレンチキスで俺はとろとろにされてしまっていたのだ。 (もう……本当になんなの、俺……)  泣きたい気分で高藤のことをじっと見ていると、ふむ、と指を顎に当てた高藤が、 「志信くん、これはピンチです」 と言って手にした便箋を俺に突きつけてきた。  そこには、 ——お前の秘密を知っている。 とプリントアウトした文字が。 黒々と浮かび上がって見えた。
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