2 さざなみと、合わせ鏡の教室

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* 高藤の家から駅まで送ってもらったら電車に乗って帰るつもりが、結局叔母の家の近くまで送ってもらってしまった。  叔母の家、というか俺からすると祖父母宅ということになる。 祖父母亡き後、学校経営を継いだ長女である叔母がそのまま実家の土地も建物も引き継いだのだが……正直引き継ぐという言葉を使うのが恥ずかしくなるくらい普通の民家だ。 元はこの辺り一体の土地を持っていたらしい。 しかし、校舎の増築や設備の改修のたびに土地を切り売りして金を工面してきた結果残ったのは自分達が住む家だけになってしまったと聞いていた。 叔母はいずれ、この家と土地もいずれ売り払い自分は中古のマンションでも買うつもりなのだとか。 直接聞いた話ではない。 叔母の家に寄宿させてもらう時に母と叔母の会話を偶然聞いてしまった。 空き部屋にとりあえずの引越しを済ませて母と叔母に声をかけようとした時……。 「家も土地も売るって、本気なの?」 という、母さんの押し殺した話し声が聞こえてきたんだ。  声を低めているのは、二階にいる俺を気にして聞かれないようにって配慮だろうけど。  階段を降り切ってリビングの入り口、薄く会いたドアのそばまで来ていた俺にはまる聞こえだった。  叔母さんの躊躇いがちなため息の音が聞こえた。 「いくら国や県から補助金がもらえると言ってもね、限度があるのよ……」 「いっそのこと、よそにウチの学校買い取ってもらって引退すれば?」 「……そんなこと出来ない。父さんと母さんが遺した学校なのよ……」 「姉さんは学校のことばかりで結婚もそっちのけ。言っちゃ悪いけど、姉さん五十半ば過ぎて恋人の一人もいない、お独りさま確定じゃないの」 「……」 「家に縛られたくないって出て行った私だけど、姉さんに全部押し付けてしまったこと、後悔してるのよ……」 学校経営って、そんなに金がかかるものなのか、と愕然とした記憶が蘇ってきて俺はなんとも言えない気分で叔母さん家の門を押した。 門って言ってもさ、ほら、家の前になんの意味かわからないけど設置してある、身長百六十八センチの俺の腹あたりまでの高さしかない薄っぺらでささやかなやつ。 ところどころ錆が浮いていて開け閉めするたび軋んだ音を立てる鉄製の門の音が悲しげに聞こえる。 それを後ろ手に閉めながら、 (それにしても高藤、よく叔母さんの家を知ってたなぁ……) と俺は心の中でつぶやいた。  こんな小さい家、保護者に見られるのは恥ずかしいと、叔母は教頭や主だった職員にしか自宅の住所を教えていないと言っていた。  高藤は確か俺と同じ、この四月からうちの学校の教師になったばかりのはず……そんな新入り教師のヤツに叔母は家の住所を教えたのだろうか……? 「あっ、志信」  玄関を開けたら、ちょうど出ようとしていた叔母さんとぶつかりそうになった。 「ただいま。叔母さん、これから出るの?」 「おかえり志信。それにしても……その格好で中学の同級生の子の家にお世話になったの?」 「昨日は学校を出る前にジャージに着替えてたの。 雨がひどかったから。制服が濡れちゃうもの」  これは嘘。昨日の帰りジャージになんか着替えていない。ちなみに、女口調で答えたのは朝帰りの気恥ずかしさと後ろめたさからだったんだけど……。 「帰りも途中までジャージだったんだけど、やっぱり湿っぽくて気持ち悪いから駅のトイレで制服に着替えたんだ」  って、これも嘘。  だって俺、高藤の家で制服を着てそこまで送ってもらったんだもん。  さらりと嘘を吐きながら、俺の背中にはじんわりと冷や汗が浮いている。  なんたって叔母さんは教育者。生徒の嘘くらい簡単に見抜く眼力を持っていそうで……怖い。  出勤前の叔母さんは、そんな俺の緊張に全く気づかない様子で、 「大丈夫? うちの学校に入学したってバレたんじゃないの? それウチの学校指定のジャージなんだから」 と聞いてきた。 「大丈夫だって。そいつ女子校とか興味無いヤツだから。大体さ、男が女のフリして登校してるとか、フツー考えないっしょ」 叔母さんが、 「うちの生徒にはそぐわない言葉遣い」 と、握った拳を軽くコツンと俺の頭に当ててくる。 「我が校の制服を着ているときはきちんと女子してなさいね」 諭すように言われて、俺はこづかれたあたりをさすりながら素直に「ハイ」と頷いた。  何事も、素直さが大事だ。  疑われないために、だけど。 「バレてないのね? ならいいけど……ちゃんと向こうのお家の方には泊まらせてもらったお礼を言った?」
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