2 さざなみと、合わせ鏡の教室

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 なんなんだ。この女。  不意打ちで俺がヘタレていたってのもあるかもしれないけど、あっという間に屋上の柵のところまで引っ張り、連れて行かれてしまった。  彼女の胸元の学年章を見る。 学年を示す真鍮製のローマ数字はⅡ……上級生かよぉ。  自殺なんて、たまったもんじゃないぜっ。  この女が飛び降りる→一斉に騒ぎになる→屋上を誰かがやってくる→俺が見つかる→下手したら俺が突き落としたことになる→げっ、マジ勘弁してよ。まさかの俺ってば連続殺人犯!?  ダメ、ダメダメダメダメ。絶〜対っに、ダメだ。  俺は放課後までここにいて俺宛の呼び出しの手紙を書いたやつにも会わなくちゃなんだからな。  ここで騒ぎを起こされるのはマジめちゃマズい。  唇をかみしめて相手の顔をじっと見つめた俺をどう思ってのか、目の前の二年生が、 「じゃ、聞いてくれる?」 と聞いてきた。  聞いてほしいことがあるのか。  時間稼ぎできるならなんだって大歓迎だぞ、の立場な俺は一生懸命こくこくと首を縦にふった。 「どうぞ」 「やっぱ無理、話せない。話すくらいなら死んだ方がマシ」  しばらく俺を見つめた彼女がやっぱり、と俺の腕を掴んだまま屋上の柵を乗り越える。  手を離してくれないから俺まで上半身を柵の向こう側に引っ張られてバランスを崩してしまいそうになる。  下が見えた。グラウンドの茶褐色の土がそんなに遠くに見えないのが帰って怖い。  見上げるのと見下ろすのって距離感違うのかな。地面はすぐそこで飛び降りてもなんともない気がするのに理性が違うと叫んでくる。  落ちたら、死ななくても脳挫傷とかで一生寝たきりになるかもっ。  足の底からゾワゾワっと悪寒が広がり、死に対する怯えが俺の全身の産毛を逆立たせた。 (うぉ〜……)  柵をぎゅっと握りしめて一緒に落下するのを堪え、俺の方から彼女の手首を握りしめる。 「バカっ」  ホント、俺が持ち堪えなかったら俺も巻き込みで一緒に飛び降り自殺してたぞ、この状況! 「お前が死んだらメーワク……、じゃない。悲しむ人がいるだろ? 家族が」  ベタだけど、情に訴えてみる。  思惑通り、二年はためらうそぶりを見せた。  ……なのに。 「家族は……悲しむかもしれないけど、私がやったことを知ったら、死んでくれてよかったって思うかも」  また前向きになって柵を背に下を見るから、折角屋上側に傾いていた俺の体がまたもや柵の外に向かって引っ張られる。 (ぎゃー! 俺は死にたくないっての!)  大体、ここで死んだら、まるで俺が犯人だって、逃げきれないからって覚悟して自殺したみたいになっちゃうんじゃね?  ふざけんなっつぅの。 「彼氏は泣くだろ?」 と、慌てて行った俺。 (家族がダメでも、他にだって未練を感じる相手っているよな。彼氏。彼氏残して死ねないよな。俺、ナイスぅ) と、自分の発言を自画自賛したのだが。 「私、生まれてこの方彼氏なんていたことない」  うぉ。あっさり頼みの綱がブチ切られた。  つーか、綱は存在していなかった。
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