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3 深く潜る
かくん、と体ごと引っ張られた、と思ったら既に俺の体は柵の外、ふわり……空中に浮いていた。
片手は二年の彼女に握りしめられたままだ。
彼女は今まさに落下の途中で。
(……死……)
「……っぶねぇ」
握られてない方の俺の腕が、かろうじて屋上の手すりに引っかかったんだ。
「ぐぅ……」
ヤバい。腕がちぎれそうだ。
だって人二人分の体重を俺の細腕一本で支えているんだぞ。
あまりの激痛に声も出せずに耐えていると、正気に戻ったらしい二年女子があろうことか、
「きゃぁぁ、助けてェ」
と叫び始めた。
それも一度じゃなくて、何度もなんども。
女子生徒の声に気がついた生徒が校舎の窓を開けて屋上からぶら下がる俺たちを発見し、騒ぎ始めた。
みんなの視線が俺たちに集中する。
その中には、あのアホ刑事たちの視線も混じっていないわけがないわけで。
ホント、火事場の馬鹿力ってよく言ったもんだよなぁっ。
腕一本で女の体を引き上げるなんて芸当が自分にできるとは思わなかった。
二年のバカ女をなんとか引き上げて、自分も手すりのこっち側に転がるように倒れ込めたのはまさに奇跡だ。
「……ゼェ、ゼェッ」
なんかもぉ、精神力に体力に……いろんなもん使いすぎてダメだ。もー、動けない。
コンクリの上で仰向けに大の字になって荒い息を吐いていると屋上の扉の方からバタバタと慌ただしく上がってくる足音と、ここが学校内とは思えない聞き苦しい怒号が聞こえてきた。
十数分後、俺はあるトラックの荷台の片隅で身を縮め座っていた。
刑事たちが屋上に出てきたのと入れ違いに階段を降りたんだ。
その後、学校に学食のパンを納入しているこのパン屋のトラックに潜り込んだ。
配達を終え空になったケースが積まれた横で、体育座りの俺は立てた膝に乗せた両腕に額を押し付ける。
目の奥に溜まっている涙のもやをまとった熱が泣けと命令してきてうるさくて仕方ない。
泣けるわけない。声を上げたら運転手が俺に気づいてしまうからね。
このトラックが止まったら、適当なところで降りて身を隠そう。
どこに? どこか、俺を知らない人ばかりの場所に。
もう学校に戻れないかもな。
つーか、辞めることになるかも。
思い描いていた穏やかで静かな女子高校生生活は全部パァ。
犯人は女子高生の俺、なんだから、男に戻るっきゃないのかな。
いやいや、警察が叔母さんとか両親のところにくれば、俺が女装していた男子高校生だってすぐバレる。
つまり、男に戻ってもお尋ね者って地位からは免れ得ない。
あー……、俺、終わってる?
いっそのこと、本当のことを言えばいいのかー?
高藤と一緒だったって。
でもそしたら、何をしてたか聞かれるでしょ。
センセイとイケナイことしてました、って包み隠さず正直に言ったら?
それはそれで全部終わるじゃん。
俺も、センセイも。
もー、あの呼び出しの手紙に対応する必要は無くなっちゃったな……。
そう。どうでもいい。
俺はおしまいだから。
……ねぇ、せんせ。
どうせ終わるんなら、俺一人の方が良いっしょ?
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