3 深く潜る

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——キィッ。 という音の後、カクンと前につんのめった俺は何かに掴まろうとして、隣の殻のパンのケースをガラガラと倒してしまった。 「痛……」 (やばいっ)トラックの運転手が様子を見に来るはずだ。四つん這いの俺が物陰に隠れようとするより一瞬早く、 ——ギシィッ。 と、荷台の扉が開かれる。  その後。 毛足の長い絨毯に転がされた俺は、見下ろしてくる三人の人物を目を釣り上げて見返している。 「へぇぇ、志信ちゃんっていうんだ。君のお名前」  俺から生徒証を奪ったのは二十代半ばに見えるお姉さんだった。  ピタピタのスキニージーンズに清潔そうな白いシャツ。真っ赤なエプロンと同じ色のキャップを頭にかぶっている。  美人だし、ちょっと目が小さいのもかえって可愛く見えるスレンダー美人。  なんだけど。  目が据わってんだよぉ……。  ここは、トラックが止まったパン屋の二階。多分事務所のはず、が……パン屋っぽくない。つーか、インテリアのチョイスが真っ当じゃない。  壁にかかる鹿の頭の剥製とこれみよがしに飾られた日本刀。パン切るのに日本刀使うの? そして炭の色も黒々と流麗なタッチで書かれた〈仁義〉の掛け軸。 (わーん。パン屋じゃないよぉ) という俺の心の叫びはひとまず横に置いておいて。  もう一人。こっちは喪服かってくらい真っ黒なスーツを着こなす優男が中腰で俺の顔を覗き込むと、ニヤニヤと聞いてきた。 「お兄さんたちに教えてくれない? どして君、ウチの車に潜り込んだの?」  答えずにいると、お姉さんが黒スーツに耳打ちをする。  眉を寄せて聞いていた黒スーツはこれみよがしに目を丸くし、 「殺されたぁ?」 と尻上がりに素っ頓狂な声をあげ、ヒュと口笛を吹いた。  そして首を左右に振りながら俺の周りをぐるぐる回ると、 「君、もしかして逃げてきたの?」 と聞いてきた。 「じゃ、知ってるよね。アレは今どこにあるのかなー?」 (アレ? なんのことだよ?)  ここに連れてこられたのも意味不明だが、質問の内容もさっぱりわからない。唇を引き結んで見返したら、俺の左耳を掠めて黒スーツの男の足がドスって勢いで振り下ろされた。  髪を踏まれて頭皮が引っ張られる。めちゃクソ痛い。 「シカトしてんじゃねぇよ」  凄まれた。普通に怖い。そして理不尽だ。 (……くっそぉ) 今日は尋問日和かよ。どいつもこいつも、俺に対する扱いが酷すぎだっ。 ペッと吐かれた唾が俺の頬に張り付く。ありえない。まじで気持ち悪くてぎて顔を背けていると脇腹をこづかれて仰向けに転がされた。 「ショウさん、喋んないから、コイツさっさとカネに変えようよぉ」 「学生証込みなら結構高価く売れるかもね」  わざとらしくため息をはいた黒スーツとスキニー女が口々に話しかけたのは白いコックコート……洋食屋のコックさんが着てるようなユニフォーム……に腰から下を黒いエプロンでキリリと締めている男だった。  黒スーツとスキニーのノリがめちゃくちゃ軽くて軽薄でヘラヘラ笑うのに薄寒いヤバさを感じさせるのに対して、ぱっと見彼らと同年代に見えるコックコートの男は貫禄があってまともそうに見えた。  (この人なら助けてくれないかな)と見上げたけれど、えらく冷たく見返され、俺の淡い期待はあっけなく崩れ去った。 「小娘一人泥水に沈めるくらいなんともないが、これまでのやり方で継続的に商売する方が実入りは大きい」 「ショウさーん」  黒スーツはどうでも俺をどっかに売り飛ばしたいらしい。  人身売買なんていつの時代の話だよっ。だいたい売られた後はどうなるんだ? ……俺は真っ青になりながら頭を左右にブンブン振った。  そんな俺を見下ろして、ちっと舌打ちをしたコックコートは一言、 「ガキは好かん」 と吐き捨てる。 「へっ、需要あるのになぁ」 とぼやいた黒スーツが今度は俺に、 「ねぇ、君、本当に殺っちゃったの?」 と聞いてくる。 「売主が死んだんじゃなぁ。忍び込んで家探しでもすっかぁ? でもサツがいたら厄介だしなぁ、困ったなぁ」 「殺したのがお前なら、例のモノのありか知っているだろう。吐け」  コックコートが俺を蹴ろうと足を引くのをスキニー女がキャアキャア言って止める。  思わず息を止めて蹴られるのを覚悟していた俺はホッとしながら、(コイツらまともじゃない……)と心の中でつぶやかずにいられなかった。
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