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「……へぇ君男だったんだ……ってアハ、思い出した」
まるで時間が止まったかのようなこの小部屋の中で黒スーツだけが動いていた。
俺の顎を指先でクイ、と持ち上げる。
鼻先がくっつくくらい顔を近づけてニカニカする。こっちは胃液が逆流してきたような嫌な苦さを口いっぱいに感じずにはいられない。
「お前、ウサギじゃん」
肩をつかまれ、もう一度壁に押し付けられた。顔から離れた男の手が今度は下に降り、太ももから這い上がってくる。
スカートの中に入ってきたその手がいきなり俺の急所を鷲掴みにし、
「ッ!?」
あまりの痛さに俺は黒スーツの胸に額を押し付ける格好で前屈みになった。
「ウハハ。やーっぱ、正解。男の子だ」
心持ち、男の体臭が強くなったと感じるのは気のせいだろうか。
後頭部の髪を掴まれ顔を上げさせられた。
「う、ウサギって……なんのことだ」
頭が痛い。
蛍光色の思い出が近づく。
その扉を開けちゃダメだと誰かが言う。
そんな記憶は存在しなくていいと。
「いやぁ、そんな格好してると別人だなぁ。驚いた。お互いあんなに楽しんだのに忘れちゃったの? がっかりだ」
「……う」
——がっかりだ。もう限界? ダメなら他の子を探そっかなぁ。
頭の中で響く「思い出すな!」という静止の声にも関わらず、俺は思い出してしまったんだ。
「去年? いやもう一昨年かぁ。いろんなコスさせたけど、バニーが一番のお気に入りだったなぁ。知らねぇ女の身代わりに、俺たちのオモチャになってくれたウサギちゃん」
「……し、知らない」
唇にキスをされ悪寒が走った。
こいつに触られた箇所、どこもかしこも腐れ爛れて無くなってしまいたい。
「うっそぉーん。カラダの方は俺のこと覚えてくれてるみたいだよ?」
「……さ、触るな……」
絶望を感じながら俺は力なく男を拒絶した。
なんてことだ。
気持ち悪いのに、痛みを与えられた後だってのに、俺のペニスはガチガチに反応している。
(さ、最悪)
上半身ほぼ裸で男だってことはバレバレ。女物の下着のまえを膨らませてんのを周りにいる女たちにバッチリ見られるとか。
屈辱すぎ。どんな罰ゲームだよ。
腹から迫り上がってきたものを堪えきれずに吐き出すと、
「汚ねっ。こいつ吐きやがった」
パッと俺から飛びさすった男の蹴りが俺の腹にヒットした。
もう一度嘔吐感が湧き上がってえずくものの、もう胃液しか出てこない。
吐いたあの特有のすえた匂いが部屋に広がる。
女の子たちがキャアキャア悲鳴をあげた。
「ちょっとやめてよ。喉詰まらせて窒息死とかやだからねっ。大体女じゃないなら他所に連れてってよ」
「大丈夫だって。人間そんな簡単に死なねぇよ」
「信じられない。もー……、掃除しなくちゃじゃない」
と文句を垂れる女に、黒スーツは、
「汚れちったから俺車に着替え取りに行ってくるわ」
と、スキニーを残して部屋を出ていこうとする。
「そいつ、逃すなよ」
と開こうとしたドアが急激に内側に膨れた。
「まずい。サツだ」
と誰かが叫んだ。
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