1 境界線上の俺

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すると、俺の両肩を押して顔を覗き込んできたセンセイががギョッと目を見開いて言ったんだ。 「キミ、もしかして男の子……ですか」  抱きついちゃったのはホント事故でしかなかったんだけど、体が密着して、しかもその時の俺の分身がギッチギチに膝上三センチの制服のスカートを押し上げて高藤の太ももにガッツリ当たっていたんだ……。  そりゃぁもう、言い訳できないくらいに。くっきり、はっきり、グイグイと。  言っとくけどさぁ。  俺は見境なしに盛るような男じゃない。  というか、生まれてこのかた、勃った経験なんてマジでゼロっ。  性にしては蛋白っつぅか嫌悪感の方が勝るっていうかさ。  俺、見た目が女寄りで中性的な作りのせいか、昔から一人で歩けば人気(ひとけ)のない神社に連れ込まれてイタズラされそうになるわ。どのクラスにも必ず一人は生息するという、足が早くて顔が良くてめちゃモテる同級生の男子から熱烈的に告られて、当時俺が恋心とは呼べないほど淡い想いを抱いていた女子からは恨まれるわ……。  どうやら俺は〈男を惑わす属性の男子〉らしい、と不本意ながら気がついた中二の夏。  そろそろ高校受験が頭の上にちらつき出すタイミングの時に、……ってことがあって。  あれ、記憶バグってる? よく思い出せないなー……。  とにかく。  性的標的にされやすくてビクビクしながら生活する毎日に俺は疲れ切っていたんだ。  だから、中学卒業を機に決意したってわけ。  高校生活は女として生きる、ってね。  今のこの学校を受験したのは単純。男子生徒が少なそうだったから。  だって俺の年から男女共学になった超名門女子校。  同級生には「入ったら、モテるかもー」なんて軽口叩く奴もいたけどさ、二年三年はマジで女の園。男なんて珍獣扱いの除け者にされることが目に見えているそんな学校に入りたがる奴ってなかなかいないだろ。  そして合格して受験勉強から晴れて解放された悠々自適な高校入学直前の春休み。  満を辞して俺は女装し出歩いてみた。  するとその快適なことったら!  電車に乗っても痴漢されないし、いつもなら一度は出くわす、ごっついシルバーなクセをジャラジャラつけたヤバそうなお兄さんたちからのナンパも一切受けなかった!  一番の衝撃は、男の時によく感じていた、不特定多数からの、獲物を狙うような意味不明な視線を全く感じなかったことだ。  ヤバい。  快適すぎて俺、女装がクセになりそっ。  とにかく無茶苦茶感動した。  それで親を、もぅ死に物狂いで説得してさ。学校長をしてる叔母さんにも直訴して、なんとか認めてもらったんだ。  学籍は男のままだけど、それはおばさんの胸の中にしまってもらって、高校三年間、女のふりして高校に通ってもいいって!  やったぜ……。  ただしそれには条件があって……。  一度でも、周りに男だってバレたら、女のふりは、そこでお(しま)い。  学校の校訓が某歌劇団並みの〈清く正しく美しく〉だから嘘は許されませんとかなんとか言われたけど、要は学校の評判に傷をつけたくないって事らしい。  なんでも、私立小葉学園って言えば、県内でも随一のお嬢様学校で卒業生の中には首相夫人(ファーストレディって事だよな)になった人もいるからなんだと。  なのに!  それなのに! (……まさか、入学初日でソッコー男ってバレるとか)  ありえねー!  冷や汗をかく俺の肩に手を回して保健室に入り、中に誰もいないのを確認した高藤は部屋の内鍵をかけて、 「そのままじゃ苦しいだろう。先生は向こうを向いているから自分で処理してしまいなさい」 と言うと、俺を白いベッドにちょこんと座らせてティッシュボックスを押し付けてきたんだ。  処理って……。 「え? ここでっ? えぇ? ちょっと待って。マジ無理だから」 って俺が言うと、すごく困った顔をされてしまった。 「スカートをそんな風にしたまま校内をうろつかれる方が困る。君だって、どう言う理由か知らないが女子生徒のふりをしているのは訳があってのことだろうし、バレたくはないだろう?」 「それはっ、そうなんですけど……」 「なら、キミのそれを早く鎮めるように」  それ、っていうのはつまり、俺のおっ勃ったちんこのことね。  オーライ、オーライ。理解してるよ。  でも、でもさっ。 「さ、早く」 って、催促されて俺は口ごもった。 「あ、あの……ぉ」 「何してるんですか。早くしなさい」  キビキビと言われて視線を落とすと、スカートを跳ね除ける勢いでいきり立つ俺自身があって、俺は泣きそうになった。 「……俺、やり方がわかりません」 「は?」  信じられないと叫び出しそうな勢いで、高藤の両目がカッ! と開く。
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