2 さざなみと、合わせ鏡の教室

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 *  俺が入った私立小葉女子高校は、言わずもがな歴史の長いそして偏差値の高さでも名高い有名私立女子高校だ。 それがこの四月から男女共学になった。 新入生の中で入学してきた男子はわずか五人。 少人数だがこの高校にとっては新しい歴史の始まりな訳で。 変化はさざなみを起こす。 それが大波になるのか、そのまま波同士がぶつかり合い、泡にかえり消えてゆくのか……。 できればその波に俺を巻き込んで欲しくない。 ……ない、けど。 *** 俺が〈生徒会室〉のプレートが掲げられているこの部屋で、会議という名のお茶会に誘われるのは今回で二度目だった。 神聖なくじ引きでクラス委員に選ばれてしまったのは仕方ないとして。 生徒会との連絡係としてクラス委員の中から各学年一人は生徒会にも所属しなければならないと言われ……まさかもう一回〈当たりくじ〉を引くわけない、と甘く見たのがいけなかった。 (引いちゃったんだよな……当たりくじ)  とほほ……内心べそをかきながらも、この場から浮かないようにと平静を装う俺の目の前に置かれていたティーカップ。 その取っ手をつまんで、なみなみ注がれた紅茶を一口。 ——ズズッ。  あまりの熱さに椅子に座ったまま飛び上がりそうになった。 (火傷しちゃったじゃん) 心の中でぼやきながら周りを見回すけれど、みんな紅茶を飲んでも眉ひとつ動かさずそそとした雰囲気で座っている。  部屋の窓には大きなフリルがびらびらとうるさいベビーピンクのカーテンが下がっていた。  並べられたテーブルにはレースのテーブルクロスがかけられ、出席者の前には紅茶と有名洋菓子店の焼き菓子……って、ここ学校だよな?  俺らが口をつけているこの高価(たか)そうなティーセットやどこぞのカフェめいたおしゃれな備品を買った金はどこから出ているのだろう。  生徒会の予算? まさか学校の金で?  ……いや、叔母さんはこんなお嬢様学校を経営してるけど、自分はかなりの渋チンだ。学校経営ってお金がかかるのかな。保護者の手前貧乏くさく見えないように気を遣ってはいるけれど、仕事帰りに夜スーパーで閉店間際半額に下がった惣菜を買うのが日常だし、おばさんからのお年玉は今年も銀色の硬貨のままだった。多分これ以上値上がりすることはないと俺は確信している。  そんな叔母さんがこの状況を見たらあまりの豪華さに驚いてひっくり返っちゃうかもしれない……。  火傷で痺れる舌先を口の中で宙に浮かしながらポーカーフェイスを装っていると、 「問題はプールの授業よ。彼らの着替える場所について先生方はどう考えているのかしら」 と、突然、目の前に座る二年が言い出した。  周りに座る女子達からも「そうよ、そうよ」と同意の声が上がる。 「どの部屋を使わせる気かしら」 「男が服を脱ぎ着した部屋なんか、別の授業で使うことになったら、私、授業をボイコットするかもしれませんわ」 (は? 何じゃそりゃ)  俺は呆気にとられてしまった。 ——授業を、ボイコット? あんまりじゃない?  男子生徒はなぁ、一学年約百三十人、三学年合わせて五百人の内の、たった五人なんだぞ?  ただでさえ肩身が狭い思いをしてるだろうに、なんだ? そのゴキブリみたいな言いようは……!  気づけば俺は立ち上がっていた。  座っていた椅子が後ろにひっくりかえりガタンと音を立てる。 「……言い方が酷すぎやしませんか」  どん、とテーブルに両手をつくと反動でがちゃんと揺れたティーカップから紅茶が飛び跳ねた。 飛んだ紅茶のしずくは、俺を怒らせる不穏な発言をした二年生の手の甲に降りかかった。 キャッと手の甲を抑えた彼女の顔が怒りで見る間に真っ赤になってゆく。 「あっついじゃない! このクソ一年。何してくれんのよっ」 まぁ、見た感じでキツい女だろうと予想はしていたけど、こちらを睨む目つきが据わっている。自分の発言を正義だとすっかり思い込んでいる感じが俺の反抗心をちくちく刺激した。 (おぅ。怒れ、怒れ……) 無責任に周りで野次馬していた女どもが信じられないものを見る目で俺のことを見てくるのにもカチンときた。  そんな中、確か書記のなんとかっていう二年の先輩がひとり椅子から中途半端に腰を上げ俺たち二人の顔をうかがいながら取り成すように、 「あ、あの……、落ち着いて話し合った方が」 と、言ってくれたのだが……。 すぐ周りから「黙ってなさいよ」「一年の肩を持つつもり?」と野次馬女どもに睨まれて体を縮こまらせながら椅子に座り直したのが気の毒だった。 血のたぎった俺が、女言葉をキープしただけでも褒めて欲しいっ。 「失礼でクソなのはそちらじゃありません? 性別こそ違え、彼らは私たちの学年の一員です。蔑むような発言は甚だ不愉快。この場で! 直ちに! 訂正とお詫びを要求します。先輩にも、先輩に賛同された方々にも」 きっぱり、くっきりハッキリと言ってから、その場にいる全員の顔に視線を当ててゆく。 野次馬どもの何人かは無責任な風見鶏だったのか、俺のキツい視線に気まずそうに目線を背けた。 自分が言った言葉がもし男子生徒に伝わったらどう思われるかなんて考えもしないで強い立場の人間が言うことに擦り寄ったんだろうなぁ、と想像がついてしまう。 (何が校訓は〈清く正しく美しく〉だ。聞いて呆れるぜー……) と俺は鼻白んだ。
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