2 さざなみと、合わせ鏡の教室

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  *  洗い物までしたのに、会長からちくっと怒られた。 釈然としない。 (なんでだよっ)とモヤモヤする。  そしてモヤモヤしていると、さっきの(まさか?)がまた俺の中にぶり返してきてどうしようもない気持ちになった。  会長は俺のことを男だと知っているのか。  高藤とのことも……知っているのか?  自分の中の答えのない疑問にうんざりしつつふと窓の外を見ると、外の雨は、生徒会の前、高藤とこっそりあっていた時よりもずっと強く、ひどくなっていた。 吹き付ける風が校舎の窓に雨粒を激しく叩きつけて飛沫が上がり、まるで嵐みたいだ。 俺は慌てて自分の下駄箱に向かう階段を駆け降りた。 バタン、と音がしたので校舎の外を見ると、黒塗りの車が降りしきる雨で白くけむっている校門の辺りを走り出てゆくところだった。 その車の後部座席にチラッと見えたのは生徒会長の後ろ姿に思えた。 もうみんな帰ってしまったのだろう。周りに生徒の姿はない。 戸締りを確認しているのか少し離れた昇降口の扉をガラガラと閉める重たい音が聞こえてきて、俺は自分の下駄箱に小走りで駆け寄った。 人気(ひとけ)のない学校に閉じ込められるとか、ゴメンだ。 (まさか、この雨で帰りの電車が止まるなんて、ないよな?)  もう一つ増えた(まさか?)にため息をつきながら、俺は下駄箱の蓋のつまみに手をかけ上に開く。  と、目の前、黒のローファーの上に白い封筒が置かれている光景に、俺は目を丸くした。 「なんだ? これ」 もちろん登校した時こんなものはなかった。なんなんだ、一体!? 目の前の封筒に驚いていた俺は、後ろから近づく人影に全く気づいていなかったんだ。 「一条くん」 突然声をかけられたのは俺にとってマジ不意打ちでさ。 「わぁっ」 と思わず声を上げてしまった。  慌てて振り返ると、立っていたのは高藤だった。 「……んだよ。脅かすなっつぅの」  思わず眉をひそめて小声で文句を言うと、高藤がスゥっと距離を詰めてくる。 なんだよっ。 「生徒会は終わりましたか」 「終わったから帰るとこなんだろ」  驚いてまだドキドキしている胸を押さえていると、高藤は覆いかぶさるように俺のことを抱きしめてきた。 「な、なにすんだ。見られたらどぉすんのって」 「不機嫌なのは、さっき片方だけしかしなかったからですか」  片方だけ、と言われて俺の頬にかぁっと血が上った。  体に巻きついていた高藤の片手がいつの間にか俺の左胸中心を掠めるように触ってきたから。 首筋に顔を埋めてきた高藤の呼吸が耳の裏に当たってゾクゾクする。  ぺろ……と、耳のラインを舌でなぞられた。 さっきまでのゾクゾクが、甘ったるいシロップのようなドロリと濃い官能に切り替わって、ビクッとした俺は高藤の腕をふりほどいた。 「やめろ」 「ほら、やっぱり不機嫌だ」 「そんなことないっ」 「一条君、そんなで、まさか生徒会で何かやらかしていませんよね? 例えば、イライラのあまり、上級生にケンカをふっかけたり」  高藤の発言はいきなりの図星で、でもそれがあたかも俺が欲求不満で爆発したかのようなその言い方に俺はむかっ腹が立った。 「喧嘩なんてしてない。面倒くさいこと言ってくる先輩に物申しただけだ」  きつめの口調でそう言って睨むと、高藤はあっさり俺に頭を下げてきた。 「すみません」 「え?」 やけにあっさり謝られポカンとなった俺に、優しい表情で高藤はとんでもないことを言ってきた。 「いくら時間が無かったとはいえ、キミを満足させてあげられなかった。お詫びはこのあとたっぷりと」 「は? バカか? 俺はもう帰るっつぅの」  じり、と後ろに下がろうとしてもすぐ後ろは下駄箱で避けようがない。  口をムッと引き結んで見上げていると、スラックスのポケットから車のキーを取り出した高藤がにっこり笑いかけてくる。 「一条くんは今、実家からではなく、叔母である学園長の家から通っているんでしたよね。もう、電車は止まっているそうですよ?」  高校に通うのに叔母の家から通っているのは、実家からだと中学時代の同級生に女の制服を着ている俺をみられて身バレするのが嫌だからなのだが……なんで単なる一教師のコイツがそのことを知っているのか。 ……っていうか、電車!  帰りの足がなくなった俺は思わず「くそっ」と小さく声を上げていた。  すると、クスリと笑い声を上げた高藤が意味不明なことを言ってきた。 「大丈夫、学園長には先ほど私からトークアプリで連絡を入れました。今日は途中で出会った中学時代の友人の家に泊めてもらうことになった。明日早朝、電車が動き次第帰るから、と」 「へ? 何それ、俺、そんなの送ってない……?」  訳がわからない、と呆然とする俺の目の前に、車のキーを握るのとは反対の手に高藤が取り出したのは、なんと俺のスマホだった。 「シている最中にね、拝借してしまいました」  ぺろっと舌先を見せた高藤が、いたずらっ子の顔つきでウインクしてくる。 「〜〜っ!」 信じられない! 最中にひとのスマホを盗むとか。 犯罪だろ? 淫行教師な上に盗みもするとか、マジありえないっ。  こうして、驚きすぎるとあるいは怒りすぎると言葉が出なくなるっていうのは本当だという経験を、俺はしたのだった。
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