『僕』

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「おっ! 映画は私うるさいよー?」  沢口氏はやはり食いついてきた。返り討ちにしてやろう。 「あーそうですか」 「何が好き?」 「皆さん知らないとは思いますけど……」 「いいから!」  準備は整った。土俵が違い過ぎることを思い知らせてやる。微妙な空気になったところでさっさと帰ろう。向こうにもメリットがある方が帰りやすい。 「ええ? じゃあ……スペイン映画で、『海の向こうへ』ってタイトルなんですけど」  沈黙が流れる。もはや目も見ていないが、どんな表情なのかだいたい察しが付く。というよりそれが狙いだったからだ。  もちろん『海の向こうへ』は間違いなく傑作である。都内の単館系のみで2週間しか上映されなかった幻の作品だ。この話が分かる奴、それ以前に見たことある奴などまずこの大学にいるわけもない。 「『海の向こうへ』ね。いいよねあれね! 何がいいって、ストーリーが最高だよね。新大陸を目指す主人公の夢が、孫の代で叶うっていうのに歴史のロマンを感じるよね!」  え。
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