『僕』

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 思わず顔を上げた。何が起こった。よく見ると沢口氏は先ほどより目を輝かせてはいないか。 「……そう、そうです」 「他には?」 「他? 他は、そうですね……『僕の家』ってフランス映画なんですけど」  さすがにこれは難しい。まずこれは日本で劇場公開されていない。関西の国際映画祭でのみ上映されている。当時の評判が芳しくなく、日本での流通は叶わなかった。しかし、自分は大好きである。 「『僕の家』ね! あれもいいよね! バラバラだった家族がそれぞれの過去を乗り越えて一つになる。全編モノクロなのに、ラストの団欒の風景は、とても色鮮やかに映る、本当傑作だと思うよ!」  嘘だろ。なぜ見ている。まさかあの場にいたというのか。感想の中身からはそれを信じるしかない。 「……そう、そう。本当そうなんです」  しかも、的を射ている。自分と同じ意見だ。 「じゃあ『ハローマイケル』見ました?」 「少年役のあどけなさたまらない」 「『アイランドパーク』は?」 「告白したいのにできない展開にやきもきした」 「『チャイナタウンの冒険』で一番刺さったセリフは?」 「『昨日があって今日がある』」 「『町があって世界がある』」 「「『お前がいるから、俺がいる』」」  めっちゃ見てるこの人! 最後の台詞なんかハモってしまったし!   信じられないが、これは間違いない。本物だ。まさか、この沢口氏は、自分と同じフィールドにいるというのか。  この会話がらみで、向かいの人が沢口氏に問いかけた。 「え? もちろん見たよ! 面白かったー。今テレビでも話題だもんね。うんうん、商業映画の魅力って感じ」  しかもウィングが広い。一般の人にもチャンネルを開いている。むしろ自分よりも造詣が深いのではないか。
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