『僕』

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「じゃ、じゃあ沢口さん、『ヒットマンズ漂流記』は見られました? 僕あれ大好きなんですよ」 「『ヒットマンズ漂流記』……?」  僕はいつしか沢口さんに目線だけでなく体も向けるようになっていた。沢口さんは、腕を組みながら目を閉じて唸っている。 「ごめん、知らないなあ」  映画の話になった瞬間すごい正直になった。 「ああ、さすがに見られてはいないんですね?」 「うん、どんな話?」 「アメリカの映画で、同時期に日本でも公開されたやつなんですけど、ヒットマンが良心の呵責に耐えかねて、ターゲットになっていた少女と一緒に、アメリカ大陸を横断してマフィアから逃げていくって話なんですけど」  まさに僕が映画の虜になった、思い入れの強い作品だ。見ていないというのなら、見てほしい。DVDを貸してもいい。 「あ、待って! それって『ザ・ガール』じゃない?」 「え? 『ザ・ガール』?」 「私それ見たよ! すごいはらはらした! そうか『ヒットマンズ漂流記』って邦題なんだね」  原題の方を見たのか!? 「アメリカ版見たんですか!?」 「うん。楽しみ過ぎてボストンまで見に行ったけど」  熱量がえぐ過ぎる。本場で見ていたとは。というより原題かっこよすぎるだろ。何だよ『ヒットマンズ漂流記』って。邦題おちゃらけすぎだろ。なんか、邦題で見てる僕の方が恥ずかしくなってきた。 「すみませーん! ビールおかわり! え? 飲み過ぎじゃないって、大丈夫! 一杯飲むだけ! 『いっぱい飲むだけ』ってか! アハハハハ!」  その割にトークセンス壊滅的なんだよな。
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