『僕』

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「あ、あの、映画、お詳しいんですね」  僕はいつしか、沢口さんに自分から話しかけていた。 「え?」 「びっくりしました」 「……まあ、『映画研究会』だからね」  完全に舐め切っていた。大学の『映画研究会』では自分の求めている物を得られないと勝手に思い込んでいた。今日の飲み会だって、新入生価格の会費と、強い勧誘の押しがなければ行ってなかった。  沢口さんを目の当たりにした今、足早に帰ろうとしたことを正直後悔している。 「……あぁー、まあ、そうなんですけど、ねえ……。その、なんというか、この感じで、本当に映画研究してる人いるんだなあ、というか」 「そりゃ会長だから」 「会長!? 会長なんですか!?」 「もちろん! え、何かあった?」 「いやあ、その、気を悪くされたらごめんなさいなんですけど、てっきり『映画研究』にかこつけて、そういう、出会いの場としか思ってない人が集まってるんかなあ、とか」  沢口さんは気を悪くするどころか、やわらかい笑顔を自分に向けた。 「大丈夫、大丈夫。ここにはそういう人いないから。私はね、会長として、映画を愛する者として、そういう行為が一番許せないの。本当に、映画に対する冒涜よ!」  ものすごく堅実だった。この会長はすごい硬派だった。本当に申し訳ない思いでいっぱいである。  またしてもこの会話がらみで向かいの人から沢口さんが話しかけられている。 「え? だからあんたもいい加減諦めなさいって。ここじゃそういう出会いはないの! あんたみたいなタイプがエンドロール流れた瞬間に無粋にも席を立つの。いつも言ってるじゃない。エンドロールが流れ終わって最後に『映倫』って出るまで本編は終わってないんだから!」  熱すぎる! 友達相手にシビアすぎるしこじつけの感じはすごいけれども、後半の説得力たるや凄まじいものがある。Cパートを期待するのが映画を観る側の醍醐味だ。  その魅力に気付いているということは、間違いない。
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