ソーセージエッグブラザーズ

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ある日、2人はいつもの喫茶トレモロで落ちあうと たわいもない会話を楽しんでいた。 2人の笑顔は爽やかな初夏の風のようで ガラス1枚向こうの世界の茹だるような蒸し暑さに 半分融解しているサラリーマンの貼り付いたワイシャツが 照りつける日差しと相まみれて暑さの象徴が気化しているさまとが 同じ日のシーンとはとても思えない。 遠くの席からチラチラと涼を楽しむ視線が飛んでくるのも 仕方ない事なのかも知れなかった。 「秋からリサイタルが始まる」 白玖がポツリと言った。 「忙しくなるね」 旺羽はコーヒーカップに唇を当てると静かに傾けた。 カップの行方を目で追いながら白玖が言った。 「路上演奏しないか?」 旺羽のカップがピタッと静止した。 「動画であげたら、親とか親戚とか気づかないか・・な」 それは、世代的にも望みは薄かったがいてもたってもいられなかったのは 旺羽も同じだった。 「オレ・・クラシックは無理だけど・・」 「楽譜持ってる?」 諦めたような視線で肩をすくめた旺羽を見ると 「ok」 とだけ言って白玖は行ってしまった。 ここの喫茶店は駅もバス停も近くにあったが少し影に入った道の 突き当たりにあった。 ここだけが緑が豊かで視界が遮られて 平家造りのこの建物は駅前の喧騒から隔離されている。 白玖が喫茶トレモロのマスターと話をしているのが見える。 踵を返した白玖がこちらに向かいながら 「15分でギター持ってこれるか?」と、聞いてきた。 旺羽が肯定したのを確認すると2人は店を出た。 旺羽の家はここから車で10分程度先にある農家だった。 敷地に入ると母屋まで車で1〜2分あり納屋や小屋が植木の狭間にあった。 車は自由に停める場所があったが 旺羽が停める場所は父親の軽トラックの隣と決まっていた。 旺羽の車が砂利を踏み締める音が帰宅の合図だった。 広い庭先で番犬のクロちゃんが尻尾を振って出迎えている。 「ごめんよ、クロちゃん。また、行っちゃうよ」 と、真っ黒な番犬の頭を上下に手で包むと、わしわしと撫でた。 クロちゃんがブルブルブルっと頭をスクリューさせてる音を尻目に 急いでギターを手にして車に直行すると、喫茶トレモロに向かった。 トレモロの前にはもう、白玖がバイオリンを持って立っていた。 白玖は待ち受けていたように動画を見せると 「この曲、弾ける?」と、聞いた。 何も言わず軽くチューニングを済ませた旺羽は 店の前のベンチに腰掛けるとフッと白玖に視線を送って弦を弾いた。 端正な安定感のある美しい調べだった。 「もっと早く弾けるか?」 白玖が言うと、ぐっとスピードが上がり音の流れに躍動感が出た。 「もっと強く」 旺羽が弾く音にアクセントをつける。 「もっと激しく」 リズムが流れを止めぬまま、フォルテで音を奏でる。 白玖は眉間に皺を寄せて 「違う」 旺羽は音色を変えた。 「違う」 白玖に一言言われる毎に旺羽の曲調が変化する。 「違う、違う、違う」 クレッシェンドする白玖の言葉に呼応して 旺羽のギターが奏でる音楽は艶を増していった。 最高潮の響きが空気を震わせた瞬間 「all right!!」 白玖が叫ぶと刹那、弓を振り下ろした。 手に持っていたバイオリンがヒステリックな音でシャウトする。 と、同時に天地を引き裂く鋭い響きが空気を震わせた。 あまりの迫力に全てが凍りつく。 聞くものを威嚇する高尚な音色は一瞬にして世界を掌握した。 『これが、これが、、白玖のバイオリンか・・』 旺羽は共鳴する弦に興奮で膝の震えが止まらなかった。 ヒステリックで激しくてトランス状態を誘うのに その響きは上品さを失わず、聞くものに耳障りな音は残さない。 白玖の合図は、視線で操られている感覚になりながらも 眠っていた何かが引き出されるトリガーのようで 旺羽の音楽は変化と共鳴を繰り返していた。 2人の音楽は溶け合い、弾かれ、響き合った。 そして、お互いの音楽を一つに重ねたところで 最後の合図を目で確認しあった。 と、足元から静寂が広がった。 弦の余韻が一筋だけ、静寂の空を飛行機雲のように滑り抜けると 拍手の音が2人を現実の世界に引き戻した。 拍手の主は喫茶トレモロのマスターだった。 入り口にもたれかかって、拍手を送っている。 2人はマスターに向かって演奏者らしいお辞儀をした。
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